第755話 不審者扱いされた男

「もしもし、丸居です」

「ああ、丸居さん! このたびはお世話になります」


 こうなるはずだったのだ。


 でも現実は全く違っていた。


「もしもし、丸居です」

「丸居さん? ……って、どなたでしょうか」

「えっ……と、魔理川春菜まりかわ はるなさんであっていますよね」

「ええ」

「私は魔理川くん、魔理川洋介まりかわ ようすけくんに葉書をいただいて」

「葉書って。あの、どのような御用件でしょうか」


 なんか全然話が噛み合っていない。 

 これは最初から話をするべきなのだろうか。


「あのですね。私は魔理川くんとは予備校で一緒でして」

「ええ」

「先日、魔理川洋介くんから葉書をいただいたんですよ」

「……」

「その葉書の文面を読み上げますね」


 相手は沈黙したままだ。

 構わずオレは葉書を読み上げた。


「久しぶりですが、元気にされていますか。ところで、うちのやつ(春菜)が近くの歯医者さんに通っているのですが『どうも自分の手におえないから〇〇大学歯学部を紹介してあげる』と言われたようです。もし、歯学部に何か情報を持っておられたら、教えてもらったら助かります。なお、春菜の携帯は 090-XXXX-XXXX です」


 オレのような商売をしていると何十年も前の知り合いから突然の連絡が来ることは珍しくない。

 多くは病気の相談だ。

 こんな時は些末さまつな病気であっても専門違いであっても真剣に対応する事にしている。


「ええーっ、私なんにも聞いてない! 主人が私に言っていないのよ」

「まあ、それで電話を差し上げたわけですが」

「確かに歯医者さんに通っているし、〇〇大学に紹介状を書いてもらいました」


 ようやく事態を飲み込めたようだった。


「奥さん思いのいい御主人じゃないですか」

「ひとこと言ってくれても良かったのに! 携帯の番号まで……」


 予備校時代の魔理川くんは真面目な奴……でもなかったかな。

 医進クラスでオレの隣に座っていたけど、結局は工学部に入った。


えず用件を済ませましょう」

「すみません」

「僕も〇〇大学の歯学部にかかった事はありますけど」


 以下、職業的なやり取りになる。

 専門違いであってもアドバイスするべき事は同じだ。


 患者は自分のニーズを明確に伝えること。

 この場合だと、できるだけ歯を抜きたくないということと、家から遠いのでなるべく通院回数を減らしたい、という2つになる。

 そもそも患者ってのは自分のニーズが分かっていない事が多い。

 だからオレとのやりとりの中でそいつを言語化しておくことが大切だ。


 それにしても亭主から奥さんについてのSOSの葉書が来たんだ。

 当然、こっちも話が通っていると思うよな。

 とはいえ、奥さんが知らなかったという事も想定しておくべきだった。


 普段の臨床なんか、患者の家族に連絡してオレオレ詐欺と疑われることなんかいくらでもある。

 予備校の時の友達だったんで、つい油断してしまった。


 まだまだオレも甘ちゃんだな。


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