第753話 アスピリン喘息の女 2

(前回からの続き)


 この人、70代の高齢女性らしく話が長かった。

 本題とは関係ない話が続いてどうにもならない。

 だから途中で話の腰を折ってオレが無理にまとめた。


「要するにこういう事ですよね」


 30年ほど前に風邪で某病院にかかった。

 点滴をしている時に呼吸困難が起こった。

 すぐに点滴は止められ生き返った。


 その病院の先生にはこう言われたそうだ。

「アスピリン喘息ぜんそくがありますね。この点滴の中にはアスピリンにるいするものが入っているからです。改めて調べた方が良いでしょう」と。


 そう言われたものの、彼女は後日アスピリン喘息の有無を調べたというわけではなかった。

 もし調べるなら少量のアスピリンを服用させて発作が出るかどうかを確認することになる。

 仮に頼まれたとしても、医療機関の方もそんな危険な事をやりたくないだろう。


 それはともかく、この事があってから彼女は病院にかかるたびにアスピリン喘息を持っていると申告し続けてきた。

 当然ながら、どこの医療機関でもアスピリンをはじめとしたNSAIDsエヌセイズの使用を避けることになる。

 ある病院では「アレルギーのある人は診たくないんで大きい病院に行ってくれ」と言われたそうだ。

 そのため、ウチの病院にかかることが多くなってしまった。

 実は今回の肺炎球菌ワクチン接種もかかりつけ医で断られたわけではなく、最初からこちらに来たそうだ


「なるほどねえ。ウチでは婦人科に長くかかっておられるようですが」


オレはそう尋ねてみた。


「手術したのよ、10何年か前に」

「その入院の時にはアスピリンやNSAIDsエヌセイズは使っていないわけですね」

「そうだと思うんだけど」


 この場合、婦人科というのがポイントだ。

 その大雑把おおざっぱさには定評がある。


 当時の主治医は婦人科部長の冗ノ内和麿じょうのうち かずまろ先生だった。

 名前だけでなく顔もいもジョーカーみたいな人だ。

 患者がいくら「私はアスピリン喘息です」と言っても平気でNSAIDsを使っているに違いない。


 残念な事に主治医はいい加減でも担当医が注意深い人間だったようだ。 

 手術前後の記録を見ると、アンヒバなどを用いて巧みにNSAIDsの使用を避けていた。


 が、このくらいの事でオレはあきらめない。

 退院後のフォロー画面を5年、6年と追いかけていくと……出た! 

 モーラステープという湿布薬を処方している。

 こいつは確か一般名がケトプロフェンで、NSAIDsエヌセイズの一種だ。

 患者の腰痛に対して10袋とか20袋とか、やけに景気よく処方されている。


 担当医の名前をみると……やはり冗ノ内じょうのうちジュニアだった。

 冗ノ内パパの方はとうに引退していたが、息子の方がアスピリン喘息なんか気にせずにNSAIDsを含有がんゆうする湿布を出していたわけだ。

 いかに湿布といえども皮膚を通じて体内に吸収されるのだから、本当にアスピリン喘息があれば発作を起こしていたに違いない。


「湿布はこれまでに何度も使ったのですよね」


 オレは念のためにいてみた。

 もらった湿布を家族の誰かが使っている患者も少なくないからだ。


「あの、腰が痛かったの」


 いや、オレが訊いているのは貼ったか貼っていないかなの!

 理由なんか興味ないから。

 オレが知りたいのは事実だけだ。


 年寄り地獄に落とされたオレはイライラを隠せなくなってきた。


(次回に続く)

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