第750話 逆に驚いた男
脳外科外来に通院している
頭部外傷だったか脳卒中だったかで後遺症がある。
手足は普通に動くが稀に痙攣発作を起こす。
それと気の短い男性で、よく怒鳴ったりする。
本人の言い分は「相手が悪いんや」ということだ。
「そのくらいの事で怒っていたりしたらキリがないでしょう」とオレはいつも助言している。
60代後半なので元いた会社の方はすでに定年退職。
障害者雇用の枠で某官庁に勤務していた。
ある日のこと。
職場の別室に呼ばれた鬼怒田さんは「来年度の契約はいたしません」と署長さんに言われてしまったのだそうだ。
「なんでですのん?」と釈然としない鬼怒田さん。
「ちょっとミスが多いんだよね」
「ミスって言われても障害者雇用ですよ。知っていて採用したんでしょ!」
つい語気が荒くなってしまったのだとか。
「まあまあ、そんなに怒らないで」
直属の上司に
「先生、どう思う?」
「なるほどねえ」
「官庁だって障害者雇用の努力義務はあると思うんやけど」
「僕の考えを言ってもいいですか」
ぜひ聞かせてほしいと言われたので、説教と思われないよう注意しながら説明した。
「官庁ってところは
「そうかなあ」
「緩い方はあれですよ。仕事を先延ばしにしたり、出来なかったことを言い訳したり。困った事だけど、そういう人の場合は大目に見てもらいやすいですね」
「そんな人、あきませんやん」
「ミスの多い鬼怒田さんが非難するのはどうですかね」
そう言ったら鬼怒田さんは黙ってしまった。
「逆にどういう所が厳しいのかというと……」
「それが知りたいわ、ワイは」
「遅刻するのは良くないですね」
「ワイ、時々は遅刻してたからなあ」
「よく言うじゃないですか。『休まず、遅れず、働かず』って」
オレも国家公務員から地方公務員まで経験してきたから色々と見たり聞いたりした。
役所の職員の多くは真面目な人たちだが、そうでない人も一定割合で存在する。
その割合は一般市民と比べて特に多いわけでも少ないわけでもない。
「もっと大切なのは人間関係です。ちょっと理不尽な事があってもヘラヘラと受け流すくらいでちょうどいいと思いますよ」
「そんな事しとったら
「いいじゃないですか、そのくらい」
「そうかなあ」
「怒鳴ったりする方がマズイですね。たぶん3回ぐらい怒鳴ったらアウトだと思いますけど。鬼怒田さん、心当たりはありますか?」
「10回ぐらい……怒鳴ったかもしれん」
10回も怒鳴ったら3アウトチェンジじゃないか!
よく官庁の方も我慢していたもんだ。
「済んだことは仕方ないんで、次を考えましょうか」
オレは鬼怒田さんに声をかけた。
(次回に続く)
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