第749話 表彰される男

 今朝7時30分のこと。

 夜間に当直部に入院した患者を割り付けるために救急外来に行った。

 最近はオレが口を出さなくても救急担当の研修医と外来当直のレジデントで勝手に割り付けをしてくれる。


「この方は高血糖と膵炎か。もともと1型糖尿病で内分泌内科に通院していた人ですね。膵炎が引き金になって高血糖になったみたいだから消化器内科かな」

「いやいや、元々内分泌内科にかかっているんだから向こうが主科だろう」

「じゃあ、そうしておきますか」

「次は胆嚢炎だから消化器内科でいいですね」

「外科だ、それは。もう手術の段取りをしていたぞ」

「そうですか、それなら外科かなあ」


 外来当直が消化器内科レジデントのせいか、屁理屈をつけては他科に振っている。

 屁理屈も理屈のうちなので、総合診療科そうしんにさえとばっちりが来なければそれでOKだ。


「じゃあ、そういう事で」


 そういって立ち去ろうとした研修医に背中から声をかけた。


「そういや、昨日の会議で先生の名前が出ていたぞ」

「僕がですか?」

「そんなに驚くなよ。年度末に表彰する候補になっていたんだ」

「ホントですか!」


 ウチの病院では年度末に職員を表彰してきた。

 研修医についても、色々な角度から評価して表彰に相応ふさわしい人選をしている。


「研修医の場合は救急外来での応需おうじゅ件数の多さと患者対応の良さで評価するのよ」

「結構、ことわらさせてもらっていますけどね」

「先生は応需件数が1位で患者対応が2位だったかな」

「患者対応なんか誰が点数つけるんですか?」

「救急外来の副師長さんたちだよ」

「知らない間に点数をつけられるなんて怖いですね」

「そうそう。知っていたらゴマをすることもできたのにな」


 昔は応需件数だけで評価したり、患者対応だけで表彰していた事もあった。

 試行錯誤を繰り返して2軸評価に落ち着いた。


「いやあ、1年間頑張った甲斐がありました!」

「まだ決まったわけじゃないぞ。先生が1位と2位を取ったという事は、2位と1位の奴もいるって事だからな」


 考えてみれば、この理屈はおかしい。

 1人が1位と2位を取ったとしても、他が2位と1位を取っているとは限らない。

 1学年が10数人もいるんだから、6位と1位を取るかもしれないし2位と5位を取るかもしれない。

 それだって立派な成績だ。

 だから冷静に考えれば1位と2位というのは極めて立派だといえる。


「そんな事いわずに2人とも表彰してくださいよ」

「表彰は2人だけど、1年生と2年生が各1名だからな。先生らの学年からは1人だけだ」


 別にオレが決めるわけじゃないんだけど。


「よく考えたら副賞もあったぞ」

「何をくれるんですか?」

金一封きんいっぷうというか、それに近いものだったな」


 実はオレも表彰された事がある。

 長年にわたる朝7時半からの割り付けに対するねぎらいだ。

 副賞は金一封の代わりに3万円分の購入券だった。

 中身は「契約係を通じて仕事に関係するものを3万円分購入できる」という有難いのかどうか良く分からないものだった。


 仕事に関係するものを3万円分と言われてもにわかには思いつかない。

 結局、オレは3万円分のUSBを購入した。

 持っていて邪魔になるものでもないし、何故か病院の中ではUSBが通貨代わりに使われていたりする。


「ますます表彰されたくなってきました」

「10数人から1人というのもこくな話だよな」

「先生のおちからで何とかしてくださいよ、お願いします!」


 副賞が出ると聞いたらこの研修医、急に力を入れてきた。


「表彰は来週らしいからな。自分が選ばれるように……祈っておくことだな」


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