第739話 宿題のない男 5

(前回からの続き)


「経済的自由ってのは2つの意味があると思うんだ」

「2つ……ですか」

「どちらもコントロール感に関係しているんだけど」

「お金を自由自在に操るって事ですね」

「そうだな。先生は不労所得が好きそうだから、そっちの話を先にしようか?」

「ぜひお願いします」


 端的に言えば、ベンツに乗るにはどうすればいいのかって事だな。


「まず、人間ってのはいくらくらいの収入があれば幸せになれるのか、という問題よ」

「それは人によって違うでしょう。結婚しているか独身か、子供がいるかいないか。それに20代の若者とリタイア寸前の人を比べても必要なお金は色々だと思うんですけど」

「リタイア寸前ってのはワシの事かな?」


 そう言って部長先生はチラッとオレの目を見た。


「いや、一般的な話ですよ」

「まあいいだろう。客観的な数字が人によって違うってのはその通りだけど、ワシがしているのはあくまでも主観的な話よ。いわゆる幸福感の事だ」


 そもそも主観的な「幸福」という単語のあとに「感」までついているんだから、あくまでも個人の感想ってやつになる。


「日本人の年収の中央値ってのは400万円くらいらしい。これが500万円になり600万円になったら幸福度もそれだけ上がるはずだよな」

「そりゃそうでしょ」

「でも、あるところまで来ると頭打ちになってしまうんだそうだ。どのくらいだと思う?」

「自分の経験だったら税込み1000万円くらいですかね。それ以上は1300万円でも1500万円でもあまり変わらないような気がします」

「そんなもんだろうな。少なくとも1億円の年収があったら1000万円の10倍幸せかというとそんな事もないしな」

「ということは、先生は1億円プレーヤーの経験もあるということですか!」

「あるわけないだろ、ワシらは所詮しょせんサラリーマンだぞ。自分で言っていて変な気もしたんだけど、先生にはすかさず突っ込まれてしまったな」

「いやいや反射的なものですから。ギャグだと思って受け流してください」


 それよりも部長先生がベンツを手に入れた方法を教えてほしい。


「まあワシが言いたいのは収入と幸福度は正比例しないって事だ」

「確かにそうですね」

「同じように貯金の額と幸福度も正比例しない」

「えっ、でも10倍の貯金があったら10倍の幸せを感じそうですけど」

「10倍どころか逆転することもある」

「どういう事でしょうか?」


 貯金が増えるとかえって不幸になる?

 なんじゃ、そりゃ!


 資産防衛の話か、それとも金の匂いを嗅ぎつけてやってくる友人知人のたぐいか?

 そう思っていたら部長先生の話はもっと人間の本質に迫るものだった。


(次回に続く)


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