第737話 宿題のない男 3
(前回からの続き)
産婦人科の部長先生によれば、あらゆる宿題をなくすのが彼の夢なのだそうだ。
つまり何事も自分がコントロールできるようになる。
これが自分にとっての幸せなんだとか。
「物理的にモノを減らすというのは第1歩だけど、それだけじゃない」
部長先生は続ける。
「ワシらを苦しめているものがもっとあるだろう。たとえばパスワードだ」
「な、なるほど」
確かに、あらゆるファイルやサイトはパスワードを使わないと開かないし入れない。
「一体、どれだけ多くのパスワードに俺達は苦しめられたらいいわけ?」
「そのとおりです」
「だからさ、もうログインしなくなったサイトは全部やめてしまうわけ」
確かにノートンを使えば一々パスワードを覚えていなくてもいいってことになっている。
が、パソコンもノートンもいつ使えなくなるかわからない。
新しいパソコンに乗り換えた時にもうまく使えるかが不安だ。
何十もあるパスワードを覚えるのも限界にきている。
「次にデジタルファイルだな」
「デジタルだったら特に場所を取ることもないのでは?」
「いやいや、いくら物理的に場所を取らなくても何となくワシは嫌だな」
言いたいことは何となく分る。
パソコンのどこにどれだけのファイルがあるか、自分では全く把握できていないのだ。
できれば必要最小限のものだけにして把握しておきたい。
必要かどうか分からないファイルなんてのは片付いていない宿題みたいな気がする。
「やっぱりファイルも
「そうそう。不要なファイルは捨ててしまって、ごく少数の必要なものだけを置いておく」
「それはいいですね」
「どのフォルダーにどのファイルが入っているか、自分で把握できる数に
そういえば、ある偉い先生は新幹線の中でもパソコンを開いて仕事をしている。
何か執筆でもしているのかと思ったら、全然そうではなかった。
ファイルの整理をしていたのだ。
でも、スキマ時間の有効利用には違いない。
「僕なんか、手術ビデオの整理ができていませんよ」
「メディアは何を使っているわけ?」
「もっぱらUSBで、たまに外付けハードディスクにバックアップをとっています」
「それだったら理想的じゃん」
「いやUSBが何十本とあって、全然整理されていないんですよ」
「そいつは難儀だな。この前、整形外科だったかでハードディスクが壊れて大変な事になったらしいぞ」
「やっぱり!」
ハードディスクが壊れるのも困るけど、どのビデオがダメになったかすら分からないのは情けない。
まるで泥棒に入られたゴミ屋敷の被害総額が分からないみたいなもんだ。
「ビデオもさることながらブックマークな、クロームなんかの」
「ほほう、ブックマークですか」
「あれも知らないうちに何十とか、もしかして何百とかに増えてしまうだろ」
「ええ」
「あのブックマークも
いつも使うブックマークなんか10もあるかどうかだ。
不要なものを整理すればさぞかしすっきりするだろう。
結局、デジタル関係のパスワード、ファイル、ビデオ、ブックマークをすべて把握できる状態にしておけば、幸福感も爆上がりするってわけだ。
広い意味での「宿題のない人生」と言えるだろう。
が、部長先生の持論はまだ終わらない。
(次回に続く)
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