第724話 英語を習得する男 2

(前回からの続き)


「ドクターがすぐに来てくれるなら許容範囲だということか」

「そうですね」

「じゃあ、患者が搬入されて君たちが診療してそのまま帰すという一連の流れをドクターが全く知らないまま、という事もあるわけ?」


 アメリカ人の診療看護N P師になりきったオレはわざときわどい質問をした。


「まさか! 先生に知らせないままだったら責任が全面的にこちらにかかってくるじゃないですか」

「そりゃそうだ。危なすぎるよな、そんな事は」

「ですから患者さんの搬入時点で、先生には一報しておきます」

「連絡したらドクターは救急室に来てくれるわけ?」

「こっちが頼んだら来てくれますけど、そうじゃなかったら『何かあったら行くから、やっといて』という感じですね」


 なかなか、いいじゃないか。

 今はとにかく英語でどう表現するかというよりも、日本語でのやり取りを固める方が先決だ。


「患者搬入の後はどうするの? 病歴を聴取して身体所見をとるわけだろ」

「ええ、それで中枢性ちゅうすうせい末梢性まっしょうせいのめまいかを鑑別します」

「確かに中枢性だと大変だよな。どういう時に中枢性を疑うのかな」

「ルーチンでNIHSSエヌアイエイチ ストロークスケールを確認するんで、1点以上なら中枢性の可能性あり、とします」

「1点以上といっても色々あると思うけど、特にどういう所見に注目するのかな」

「運動失調とか構音障害です」


 こういう具体的な事になるとさすがに毎日やっているだけあってスラスラ出てくる。

 オレなんかNIHSSをちゃんと確認できるかすら、あまり自信がない。

 むしろ初期研修医なんかは神経内科ローテーション中に入院患者相手に毎日やっているのでオレよりも得意だろう。

 診療看護師も同じように得意のはずだ。


「運動失調は具体的にどういう事を調べるのかな?」

指鼻指ゆびはなゆび試験や踵脛かかとすね試験です」


 相手が差し出した指を自分の指で正確に触ることができれば合格だ。

 でも、小脳に障害があれば、うまく触ることができない。

 そういう時はめまいの原因として小脳出血や小脳梗塞を考えなくてはならない。

 この所見を見逃してうっかり家に帰したりしたら命にかかわる。


「構音障害の有無をみるときは何と言わせているの?」

「僕はいつも『ママ、はとぽっぽ、バイバイ、とうきょう、かたつむり、バスケットボール』と書いたカードを見せて読んでもらっています」

「ん? 今、君は何もカードを見ずに言ったけど、覚えているわけ?」

「何百回もやったから、もう覚えてしまいました」


 なかなかたくましい。


「それで、中枢性を疑ったら頭部CTを撮影するのか?」

「そうですね。その時点でストローク・チームにも声をかけますけど」


 ストローク・チームというのは脳梗塞専門チームだ。

 一刻も早く脳梗塞の原因となっている血栓を除去しなくてはならないので、何をしていても救急外E R来に駆けつけてくる。


「よく分かった。次は君たち以外の診療看護N P師について教えてくれ。集中治療I C U室や心臓血管外科にも配属されているんだろう?」


 オレは知っていて尋ねた。

 こういったやり取りを英語でスラスラできるようになるのが目標だ。


(次回に続く)






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