第720話 勝手に怒る女 2

(前回からの続き)


 高齢夫婦を前にオレは説明を始めた。


「確認ですが、頚動脈エコーをしている時にたまたま不整脈がみつかったという事ですよね」

「そうなの」

「頚動脈エコーで『トン、トトン』という不整脈が見えたとしても、その不整脈が心臓から起こっているということは分かりますか?」

「え……ええ」

「だから、たとえ頚動脈エコーで不整脈が分かったとしても、その根本的な原因は心臓なので、心電図を調べるわけです」

「……」

「頚動脈エコーでは不整脈がある事は分かるけど、それが心室性期外収縮しんしつせいきがいしゅうしゅく心房細動しんぼうさいどうか、それとも別のものか、というのは心電図を調べないかぎり分かりません」

「でも、心電図は異常なかったって言われたのよ」

「普通の心電図は3分くらいしかとりませんから、その間に全く不整脈がみられないという事はよくあることです」

「そうなの?」

「だから24時間連続のホルター心電図をとりましょう、と恐山おそれやま先生は言ったわけですよ。ちゃんと理屈が通っていると思いますけど」


 ここまで言って分からないようなら認知症を疑う必要がある。


「でもぉ、あれ鬱陶うっとうしいから。色々とメモをとらなくちゃいけないし」


 確かに「階段を昇った」とか「動悸がある」とか、何らかのイベントがあるたびにホルター心電図を装着されている患者はメモに書かなくてはならない。

 しかし、そんな事は患者として当然の責務だ。

 ちゃんと診断をつけようと思ったら、きちんとメモを取る必要がある。


「面倒だからという理由で大切な検査をしないんですか?」

「いや、そういうわけでも……」

「痛くも苦しくもない検査ですよね。メモくらい取らなくてどうするんですか! この前、うちの義母ははもやっていたけど面倒だなんて言ってませんでしたよ」

「……」

「神経内科の先生がホルター心電図まで提案してくれたのに、面倒だからといって拒否するのはどうかしていると思いますよ」

「……」

「普通の神経内科医は不整脈の事を相談されても面倒がって循環器内科に振ってしまうか『かかりつけの先生に相談してください』と言いますけど。それをホルター心電図まで取ってやろうって、恐山先生も余程よほどお人好しというか何と言うか……」


 実際、恐山おそれやま先生は部下には厳しいけど、自分自身も手を抜かない人だ。


「恐山先生もねえ、これだけ一生懸命にやっているのに陰で悪口言われているんだから」

「すみません」

「恐山先生が……可哀そうだ」

「御免なさい、御免なさい」

「僕に謝ってもらっても仕方ないでしょう。とにかく分からない事があったら、その場で分るまできなさい」

「訊いてもいいのでしょうか?」

「当たり前ですよ。いい加減に聞き流しておいて、後で見当外れの陰口を言うよりも遥かに誠実なんじゃないですか」


 この患者が謝っているってことは、少なくともオレの説明は理解できたという事なんだろう。


「じゃあ御主人、これでよろしいか。今後は必ず奥さんの受診に同行してくださいね。お大事になさってください」


 オレはクロージングにかかったが、そうは簡単には許してもらえなかった。


(次回に続く)

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