第721話 勝手に怒る女 3
(前回からの続き)
「お大事に」と言って終わったつもりでいたが、夫婦は席を立たなかった。
「あの、先生。もし良かったら時々こうやって家内に話をしてやってくれませんか?」
「話なら
知っててオレはとぼけた。
「本来はそうなんでしょうけど、先生に説明してもらうと分かりやすいんで」
確かにオレは他の医師に比べて病状説明が上手いという自覚はある。
というか、「この患者はここが分かっていないな」というのが見えてしまうのだ。
だから「アウアウ」と言っている患者に「あなたの疑問はこういう事ですね。その答えはこうです」と説明できるわけだけど。
とはいえ、まずは自分の疑問を言語化する努力は患者にしてもらわなくてはならない。
それは万人に課せられた使命だ。
日本人特有の「言わなくても察する」というのをオレは認めない。
少なくとも医療現場は常に真剣勝負の世界だ。
努力しても言語化出来なかったのか、最初から言語化の努力を放棄しているのか、それをオレは峻別する。
「努力の放棄」はオレにとっては「甘え」以外の何物でもない。
医者と患者は対等だ。
共に病気と戦う仲間であり、どっちが上でも下でもない。
だから、オレと同じくらい真剣に病気と戦って欲しい。
「分かりました。次の恐山先生の外来予約は〇月〇日の10時からですね」
「ええ」
恐山先生は自分の外来日に合わせて再び心電図を手配していた。
真面目だよなあ、この人。
真面目すぎる!
「では、その日の11時に私の方に来てください」
「ありがとうございます!」
「ただし、私は厳しいですよ」
「はっ?」
「恐山先生とどんな話をしたのかカルテを見たらわかりますから」
「ええ」
「それを見てテストします。ちゃんと答えられなかったら説教しますよ」
「テストが……あるんですか?」
当たり前だ。
テストがあるから人は真剣になるんじゃないか。
「特別サービスで、奥さんが答えられなくても御主人が答えられたら合格ということにしておきましょう」
亭主も他人事じゃないんだぞ、というメッセージだけど伝わったかな?
「ありがとうございます!」
オレのメッセージが理解されていなさそうだけど、それは良しとしよう。
「もし合格できなかったら、合格できるまで何度でもやり直ししますから、その覚悟を持ってきてくださいね」
そう言いながらオレはカルテのプランの所に、「次回の外来では神経内科受診の結果を理解できているかのテストをする事」と書き込んだ。
医療機関の受診というのは、少なくとも大学受験くらいには真剣にやって欲しいもんだ。
(「勝手に怒る女」シリーズ 完)
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