第714話 膝が治った女

 元々の訴えが何だったかよくおぼえていない。

 経緯はともかく、その高齢女性はオレの総合診療科外来に通院している。


 ある時からしきりに膝の痛みを訴えるようになった。

 この医者には何をしゃべっても聴いてもらえる、と思ったのだろう。


 おおかた変形性膝関節症か何かだと思ったが、オレも膝の事はよく分からない。

 そこで、膝名人に紹介する事にした。


 彼は以前、一緒に働いていた整形外科医だ。

 その頃はまだ研修医で、いつも何かやらかしては皆の失笑をかっていた。

 名前は当時の愛称で「ホガちゃん」とでもしておこう。

 その由来だが「朗」と書いて「あきら」と読む。


ほがらかという漢字1字で『あきら』と読みます」と歓迎会で自己紹介したところ、誰かが「じゃあ『ホガちゃん』だな」と言い、以来、皆にホガちゃんと呼ばれるようになってしまった。


 そんなホガちゃんもいつの間にか偉くなり、特に膝の手術では地域を代表する整形外科医にまで成長した。

 昔のホガちゃんを知っている人間には驚きだ。

 人間、何に才能があるかは分からない。


 さて、件の高齢女性患者をオレは膝名人のホガちゃんに紹介した。

 おおかた「これは加齢変化ですね、薬と湿布で様子をみましょう」となるのだろうと思っていたら、いきなり手術の日を決められたそうだ。

 まあ膝名人の言うことだからそれでいいのだろうと思っていたが、患者の方は不満げだ。


「ちょっとは考える時間をくれてもいいのに、いきなり〇月〇日に手術しましょうって、それ、おかしくないですか?」


 いやいや、オレに言われてもちょっと困る。

 が、確かに少しは考える時間があってもいいかもしれない。

 何と言っても手術というのは人生の一大イベントだし。


 結局、患者は手術予定をキャンセルしたのだそうだ。


 それから半年が経過した。

 なんとその患者、膝が治ったという。


「実は知り合いが紹介してくれた接骨院がありまして」

「そこに行ったわけですか」

「そうなんですよ。最初は月水金に通っていたんですが、だんだん楽になってきて」


 接骨院は当たり外れが激しくあるが、確かに名人は存在する。

 少なくとも西洋医学でどうにもならないものが接骨院で症状緩和できる事があるのは間違いない。


「最近は月に1回行くくらいで、ほとんど痛みがなくなりました」

「すごいですね」

「前みたいにスタスタ歩けるんですよ」


 手術せずに歩けるようになったらそれはそれでOKだ。


「ちなみにどこの何という接骨院でしょうか?」

「〇〇市の〇〇接骨院というところです」


 こういう時にオレは一応名前をきいておく。

 何かの時に役に立つかもしれないからだ。


「あの、また悪くなったら手術も考える事になるかもしれませんけど……」


 患者なりにオレに気をつかってくれているが、ちゃんと歩けるならそれにこしたことはない。


 接骨院の事を悪くいう医師もいるが、西洋医学が彼らに及ばない事もあるとオレは感じている。

 だから機会があれば彼らからも学びたいと思う。


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