第710話 痙攣を待つ男

 年を取ったなあ、と周囲から思われる徴候はなんだろうか。

 話が長くなるというのが、その1つだと思う。


 とある内輪の研究会。

 若者たちに混ざって大物の先生が発表した。

 現役を退いて10年以上になる。


「最近、5人目の孫が生まれまして」


 スライドにはお孫さん達の集合写真が写される。

 あの厳しい先生にもこんな可愛い孫たちがいたのか。


「これはですね、熊本に行ったときの写真です」


 えっ、孫の写真は1枚だけじゃないの?


「宮古島にも行きました」


 もう良いよ、孫の写真は。


「子供より孫の方が可愛いというのは本当ですね」


 画面一杯に微笑む孫の顔。

 でも、もはや皆の怒りの対象でしかない。

 孫も迷惑だろう、こんな所に引っ張り出されて。


「それでは本題に入りたいと思います」


 ようやく演題が始まった。

 そりゃあ、孫の写真だけで終わるはずないもんな。


 注意しようにも、この先生は大物過ぎた。


 以後、いつまでも終わらない発表に皆が付き合わされることになる。

 途中でビデオ脳波が披露された。


 ビデオ脳波というのは、入院患者に対してビデオ撮影を行いつつ脳波検査を同時にするものだ。

 まさしく24時間つけっぱなし。


「これは普段の患者の状態ですが、脳波の方も特に異常はありません」


 大先生が説明する。

 しばらく正常脳波が流れた後、突如、患者が痙攣を始めた。

 それとともに脳波も激しく乱れる。


 たしかに脳波異常とともに痙攣発作が起こったことがよく分かる検査だ。

 やはり百聞は一見にしかず。

 会場からはそんな声が聞こえてきた。


「次の症例ですが、この人の場合は◎▲□★……」


 有難くも難しい説明とともにビデオ脳波の映像が流れる。

 画面にはにこやかな患者の顔。

 が、脳波が少し乱れたかとおもうと患者の表情にも変化がみられた。

 その直後、激しい痙攣が起こる。

 脳波の方も連続した棘波スパイクが出始めた。


「ビデオ脳波だと良く分かりますねえ」

「検査は大変みたいだけど……」


 会場にいた人たちは皆それぞれに感心していた。


「3例目になります」


 ええっ、まだあるのか!

 もう遥かに時間を超過しているのに。


「この患者さんは○♠$♡……」


 有難いお話はもういいですから。


「ではビデオ脳波をお見せします」


 会場の皆は明らかにイラついていた。

 まずは正常患者と正常脳波。

 ずっと映像が流れているが何も変わらない。


 いつになったら痙攣するんだ。

 早く痙攣してくれよ!

 聴衆の願いが1つになる。

 ようやく痙攣が起こり、患者の顔が苦痛に歪んだ。


 たまりかねて座長が大先生に声をかける。


「先生、そろそろお時間の方が……」


 でも大先生は動じない。


「最後に4例目をお見せします」


 もう無茶苦茶だ!


 なんだってこんな長い話に付き合わなくちゃならないんだ。

 そもそも、この大先生に登壇の許可を出したのはどこのどいつだ。


「だからあれほど寄稿にしておけと言ったのに」


 隣に座っていた前・医局長が吐き捨てるように言った。

 やはり一部ではこの事態が予想されていたみたいだ。



 それにしても人間、話が長くなったら終わりだな。

 オレも老醜ろうしゅうをさらさないよう注意しなくてはならない。


 危ないのは、長話、自慢話、説教の3つだ。


 この3つが出て来たら、周囲に指摘してもらおう。

 話が長い時には「先生、手短にお願いします」と言ってもらう。

 自慢話に対しては「前にも言っておられましたね」と一言。


 そして説教だ。

 オレはもともと他人様に偉そうにするタイプではないのだけど、無意識に言ってしまうかもしれない。

 そんな時は「すいませんえん、二千円」とか「許してちょんまげ」とでも言ってもらうか。

 このセリフが出たら「古いなあ!」と苦笑にがわらいしつつ、「その説教、そろそろ終わりにしてもらえませんか」という意味に受け取って話を切り上げよう。

 あらかじめ若いモンと打ち合わせておけばいい。


 それにしてもアレだ。

 年を取るのも大変だって事だな。


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