第696話 秘策を練る女 3

(前回からの続き)


 診療局長、看護部長とオレは額を寄せ合って相談を続けた。


「色々と言われるわけですが、どうしても二次情報になりがちだと思うんですよ」


 オレがそう言うと、他の2人が賛同する。

で、こう提案した。


「だから一次情報を集めるためには、初期研修医から直接にヒアリングするというのと、偉い先生たちも一緒に当直するという方法があるのではないでしょうか」


 オレは続けた。


「私自身は持病を抱えているので当直というのは難しいんですけど……」


 途端とたんに診療局長に言われる。


「いやいやそんな事ないでしょう。先生がERにいてくれたら倒れたときにも即応できるし」

「えっ? いや、その……」

「持病のある人こそ当直にぴったりですよ」

「まあ、やらないわけじゃないですが」


 思わぬ方向で話が盛り上がってしまう。


「一般論として偉い先生が救急に応需したのなら『何でこんな症例を取ったんだ』と非難される事もないでしょうし、外来レジデント当直に罵声を浴びせられることもないでしょう」


 そう言ったら、ずいぶん感心された。


「そうそう。水は高いところから低いところに流れますからね」

「確かに上流に偉い先生、下流に偉くない先生を置いておけば患者さんの流れがスムーズになりそうだわ。やっぱり丸居先生がERで救急隊の電話を受けてくれたら万事解決かも……」


 いやいや、オレなんかあまり偉くないから。

 女性2人に追い込まれてしまう前に方向転換を試みる。


「研修医を呼んで直接に話を聴くというのも必要じゃないでしょうか」

「確かにそうね」

「呼ぶとしたら誰がいいかな」

「そりゃあ何と言ってもいつも眠たがっている根無井譲治ねむい じょうじ先生でしょ」


 初期研修医2年目の根無井ねむい先生は「なんで先生は救急を断ってばかりいるのよ!」と診療局長に詰められたときに、「すみません。いつも眠くて根性が続かないんです」とあまりにも正直に答えて以来、むしろ好感度が上がっていた。


「根無井くんが出来るような環境を整えたら、ほかの誰でもできるってことよね」


 残念ながら根無井先生は協力病院での研修の最中だった。

 当院で十分な量の研修が出来そうにない診療科の場合には、協力病院に指導・研修をお願いすることになる。

 ちょうど彼は外の医療機関で修業していて不在だった。

 それなら、ということで1年目研修医2人を呼ぶことになった。


 慶温賀句けいおん がく先生と笹江箸子ささえ はしこ先生だ。


 2人の研修医にはズバリと尋ねた。


「病院経営上、救急外来からの入院患者数を増やす必要がある。夜間休日の救急外来を担当している先生たちに訊きたいのは、どうすればそれが出来るのか、何が障害になっているのか。忌憚きたんのない意見を聴かせてくれ。この際、実現可能性の有無は考えなくていいから」

「……」


 研修医2人は沈黙したままだ。


「たとえば年末の急性アルコール中毒患者を沢山引き受けるってのはどうかな。記録を見たらずいぶん断っているみたいだけど」

「……」

慶温けいおん先生、泥酔患者は嫌いかな?」


 そうすると慶温けいおんくんはようやく重い口を開いてくれた。


(次回に続く)


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