第695話 秘策を練る女 2


(前回からの続き)


 オレたちは問題点を書き出した。


・ERに顔を出さない外来担当レジデントがいる

・夜中の1時間の休憩を初期研修医が2人揃って取る

・ERから点滴スペースの4床が見えにくい

・協力的でない救急医がいる

・満床で救急に応需できない事がある

・新入院患者を空いているベッドに入れようとしても「もし重症の患者が来たら困る」と言われて使えない

・年末年始やゴールデンウイークは極端に在院患者数が減る

・急性アルコール中毒を断りすぎている


 まだまだあったかもしれない。


 最後の急性アルコール中毒を断る事については理由がある。

 以前に女性研修医がアルコール中毒患者に殴られた事があったからだ。

 目撃者によればストレッチャーの上で暴れていた患者の手足が研修医に当たってしまったとのこと。

 手足を振り回して暴れるというのも感心しないが、殴られたというのも言い過ぎじゃないかな。

 でも、「トラウマになった」ということで女性研修医はしばらく休職していた。

 以来、研修担当部長が気を遣って「無理して酔っ払いに対応しなくていいから」となったらしい。


 でも忘年会シーズンに急性アルコール中毒が増えるのは毎年の事だ。

 泥酔患者が世の中から消えてなくなるわけじゃない。

 おおかた別の病院のERで手足を振り回しているのだろう。


 オレとしては泥酔患者を断るよりも「酔っ払いにも対応したいから警備担当者を増やしてくれ」と言ってもらいたかった。

 酔っ払いだけでなく、ベッドの上で暴れる譫妄せんもう患者なんかも珍しくない。

 この前なんか、うっかり足側から患者に近づいて腹を蹴られたナースがいた。

 頭側から近づくべきだろう。


 驚かされたのは泌尿器科のスキンヘッド先生のアームロックだ。

 暴れる患者の点滴ルートを取れるよう、うまく腕を固定してくれた。

 昔からのプロレスファンなのだそうだ。

 もっともスキンヘッド先生によれば、時々脇腹を噛まれることがあるのだとか。

 「血管造影アンギオ用のプロテクターを着ておいた方がエエで」ってのは名言だ。


 話が逸れてしまった。


 救急外来の不応需問題だ。


 病院の本音を言えば、「断らない救急」というよりも「良好な病床稼働率」が大切だ。


「結局、今みたいに満床だと救急も断らざるを得ないわけです」


 オレは言った。


「だから年末年始のように極端に入院患者数が減っている空き病床を急性アルコール中毒で埋めたらいいのではないでしょうか」

「確かにそうですね」

「その間だけ人員強化して積極的に酔っ払いを取るってのは?」


 オレの考えはこうだ。

 年末年始が大変なのは分かっている。

 これを普段の人数で乗り切ろうってのがそもそも難しい。

 だから、その時だけ救急外来担当者を1人増やすとかしてもいいんじゃないかな。

 職位職階を問わずガタイのいい先生たちに一肌脱いでもらおう。

 180センチ超えのスキンヘッド先生なんかピッタリだ。


「先生、アームロック要員として当直お願いしまーす」と言ったらどうなるだろう。

 きっとスキンヘッド先生のことだから、「よっしゃ、プロテクターを準備しといてくれ!」とか、調子良く返ってきそうだな。


(次回に続く)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る