第689話 エクセルを作る女

「会社のパソコンのエクセルを使って、お相手の一覧表を作っている子がいるんですよ」


 そう告げ口しながらオレにスマホの画面を見せてくれたのは総合診療科外来の患者。

 彼女自身は30代の独身だ。


 スマホはパソコンの画面を撮影したものなので、鮮明ではないものの字を読むには十分。


「マッチングアプリを使って集めた相手なんですけどね」

「どれどれ。ヒロシ、アカイ、ショウヘイって、これ10人くらい?」

「画面にうつっていないのもあるから、15人くらいかな」


 横軸が人物名。

 大半がカタカナの名前で、時に名字が混ざる。

 漢字にしようとか、名前だけで統一しようとかいう気持ちは作成者に無いらしい。

 自分だけが分かればそれでいいし、フルネームだとかえって差し支えもあるだろう。


 縦軸のスペックの方は、ルックス、身長、職業、収入、年齢、学歴、出身……と続く。

 自分にとって優先度の高い項目が上に来ているのだろうか。

 1番下には日付が書いてある。

 会った日か、会う予定の日か。

 驚いた事に毎日誰かと会っている上に、複数の日付が書かれている場合もある。


「こうやって一覧表にすると分かりやすいなあ。400、400、400、800って、この人は飛びぬけて収入が多いけど」

「その人、お医者さんなんですよ」


 確かに32歳、研修医とある。

 厳密いえば、この年齢で研修医っていうのは少し遅いし、本当に研修医ならもう少し収入は低いんじゃないかな。

 こういうのは本人の申告だろうから、作成者の勝手な想像でもなかろう。


 ルックスの方は5段階評価か、大半が3になっている。

 中には2とか1とかつけられている人もいて、ちょっと気の毒だ。


 こんなに大勢のお相手がいたらちゃんと管理しておかないと混乱してしまう。

 15股っていうのがバレたら相手もいい気がしないだろう。


 オレが気になったのは相手との会話の内容とか印象を書く欄がなかったこと。

 複数回会った時に、前回どんな会話をしたか憶えていなくて大丈夫だろうか。


 ちなみに別の女性患者に業務用名刺管理ソフトの画面スクリーンショットを見せてもらった事がある。

 そのソフトは水商売に特化したもので、客の属性よりも何月何日に何人で来店してどんな話をしたかを記録する欄の方が遥かに大きかった。

 こういう所にアマとプロの違いが出るものなのか。


 とはいえエクセル女は見事に相手を射止めたらしい。

 次に出てきたのは披露宴の写真だ。

 結局、学歴が1番高い院卒の相手にしたそうだ。

 現在の収入はそこそこだけど、将来性を見込んでのことだとか。


 花嫁の隣にうつっているのが、やや若い時の患者自身だ。


「次は君の番だな。ちゃんとイケメン高収入で浮気しない男をつかまえてくれよ」

「そんなイケメンなんか滅多にいません!」

「顔なんていうのは自分がどう思うかだけだから、他人が何と言おうと自分が良いと思うのが1番でしょ」

「ええーっ! 友達に見られたら恥ずかしいじゃないですか」

「でも君が飼っている犬、なんという名前だったかな」

「ブルくんですか」

「そうそう、ブルくん! あれこそ世にも不細工な犬じゃん、言っちゃ悪いけど」

「何言っているんですか、不細工な子ほど可愛いんですよ!」

「それを人間にも応用したらいいんじゃないかな」

「そうかなあ」

「ブルくんが急にイケメンになったら、そっちの方が不気味だと思うよ」

「確かに……」


 結局、主観的な部分は何とでもなるとオレは思うんだけど。

 そうすると収入が1番重要なのかもしれないな。


 待て待て、結婚してから亭主を鍛えるという方法もあるぞ。

 やっぱり難しいなあ。


 というか、オレの方が悩んでどうする!



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