第685話 腰痛に苦しむ男 2

(前回からの続き)


 ちょうどいい機会なので、オレを腰痛から救い出してくれた1時間半の手術の話をしよう。


 患者は80歳くらいの高齢女性。

 娘たちによればこの1ヶ月ほど調子が悪い。

 昼間に座っていてもすぐに寝てしまう。

 口数が減ってしまった。


 そこで頭部CTを撮影してみると慢性硬膜下血腫まんせいこうまくかけっしゅがみつかった。

 典型的な慢性硬膜下血腫というのは、ちょっと頭をぶつけてから3ヶ月ほどかかって頭蓋骨と脳の間に血液が貯留するというもの。

 脳神経外科をやっていれば、あまり珍しくない病気だ。


 治療は局所麻酔で血腫の直上の頭蓋骨に10円玉ほどのサイズのあなをあけて血液を抜いてしまうという手術になる。

 これはさほど難しいものではない。


 が、この患者の場合、硬膜下血腫が左側の前後2ヶ所に分かれていた。

 つまり2ヶ所に孔を開ける必要があり、その1つはどうしても前額部ぜんがくぶにかかってしまうのだ。

 仕方ないのでオデコのしわを利用して皮切をおき、直下の血液を除去した。


 脳外科的にはそれで終わり。

 患者も元気になり、何も問題はないはずだった。

 が、月日が経つに従って徐々にオデコの傷がへこんできた。

 僅かな程度ではあるが気にする人は気にするだろう。

 ということで、その部分の凹みを修復する手術を行った。


 頭蓋骨の欠損部分をバイオペックスという粘土のようなもので埋め、支えになるチタンプレートを置き、その上をさらにバイオペックスで固めた。

 皮膚はステイプラーというホッチキスで止めた。

 オデコという人目につく場所なので糸で縫うよりも傷が目立たない。


 が、数ヵ月して皮膚から水が出てくるという訴えがあった。

 たしかに皮膚の一部にピンホールがあって、そこからすこし水がでている。

 この水は脳を浮かべている髄液ずいえきというもので、その水をつたって逆行性に感染する事もある。

 だからやり直すことにした。


 問題はどの程度、根本的にやり直すかだ。

 1番簡単なのは1針かけてピンホールをふさいでしまうというもの。

 が、聞くところによると、一時は目がれたことがあったらしい。

 皮下に髄液が貯留した可能性がある。


 だから髄液漏れを塞いだ上で皮膚もキチンと縫い直す方が手固い。


 ということで、紙に絵を描きながら担当のレジデントと打ち合わせをした。

 が、実際には創部を開けてみないと中がどうなっているか分からない。


 だから、いくつかの可能性を考えつつ手術にのぞんだ。


(次回に続く)


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