第679話 あの頃アホだった男 5

 男子中学生ってのはもうどうしようもない存在だ。


 よりにもよって学校に麻雀牌を持ってきた奴がいた。

 当然のことながら、大っぴらに「ジャラジャラ……」とやるほどオレたちは馬鹿ではない。

 特有の音がしてすぐにバレてしまう。


 音がしないよう携帯マットの上に牌をそっと置く。


 皆で集まって競ったのは盲牌もうぱいだ。

 盲牌というのは指でぱいの腹、つまり文字が書かれている面を触るだけで七萬チーマンとか伍筒ウーピンとか、目で見ずに当てること。

 とは言っても所詮は中学生。

 盲牌で当てる事のできる奴なんかいるはずもない。


 小学生の頃から家庭麻雀をしてきたオレにしたって同じ事だ。

 指で触っただけで牌の種類を当てるなんか夢のまた夢。

 ちなみにサラリーマンをしていたオレの父親は盲牌ができた。


 しかし男子中学生どもが集まって騒いでいるのを見ているうちに、ふとひらめいてしまった。

 指に刻印したらいいんじゃね?


 早速オレは言った。


「ちょっと貸してみろ」


 そういって牌を1つとって右手の親指で牌の腹を触ってみる。

 実際は触るふりをしながら指を強く押し付けて文字を刻印した。

 その指をチラッと見て「三索サンソーだ」と答えた。


「おおーっ!」


 牌を開けて確認した連中は一斉に驚いた。


「待て待て。三索サンソーだったら誰でも分かるだろ」


 確かに、全部で34種類ある牌の中でも三索は何番目かに盲牌をしやすい。


「じゃあ難しそうなものを選んでくれてもいいよ」


 オレは自信たっぷりに告げた。

 そして渡された牌は……


「毛ジラミだな」

「はあ? 毛ジラミって、一体……」

一索イーソーの事だよ」


 わざと外し気味に答えてやった。


「当たってる!」


 牌をめくった奴は興奮していた。


「ちょっとハツと区別しにくいんだけど、当たってて良かったよ」


 この方法を使えば外す事はないけれども、毎回、右手の親指を裏返して確認するのも何となく不自然な動作になる。

 だから、オレは左手に皆の注目を集めるようにした。


「うーん、これは難しいな」


 そう言いながら、左手で指を2本とか3本立ててみせる。


八筒パーピンだ」

「あ、当たってる」


 時には左手の指を4本立てて「4か、それとも9か?」と思わせておいて「一萬イーマンだ」と虚をついてやったりした。


 ことごとく盲牌もうぱいを成功させたオレは麻雀鬼まーじゃんきとしてあがたてまつられた。


 とはいえ、いつまでも麻雀鬼を演じているわけにはいかない。

 ほどほどの所で種明かしをする。


「実はさ、盲牌をするときに指を押し付けて刻印をしておくんだ」


 そう言うと級友たちはそれぞれに自分の指で試してみる。

 その驚くべき効果が実証された所で、オレへの称号は麻雀鬼まーじゃんきから天才に変更されてしまった。


 実際、麻雀鬼と天才のどっちが格上なのかは良く分からないけれど。



 と、その時。

 後ろに人の気配を感じた。


「お前ら、しょうがない奴らだなあ」


 ふと振り返ったオレたちの目に入ったのは、あきれ顔の国語教師だった。


「先生、これはその……」


 国語教師はつかつかとやってきて、裏返った麻雀牌の上に指を添えてそのままマットの上を滑らせた。


一萬イーマン


 引っくり返すと確かに一萬だった。

 驚くオレたちを無視して国語教師は次々に牌に指を引っ掛けては滑らせる。


八筒パーピン

一索イソコ

三索サンゾー


 マットの上を滑らせるだけで次々に当てた。


「あ……あ……」


 アホガキどもはオレを含めて誰も声を出せない。

 こんな事が本当に出来るのか?


「いいか、お前ら」


 呆気あっけに取られたオレたちに向かって国語教師が口を開いた。


「ひょっとして神業かみわざだとか思ったんだろ?」

「う、う……」


 オレたちは馬鹿みたいにうめいているだけだった。


「こいつはイカサマだ。大人の世界ってのはお前らが思っているよりずっと汚いからな」

「は、はい」


 こんなあざやかなイカサマを見せられたら何を言われても「はい」と答えるしかない。


「とりあえず今は真面目に勉強しておけ」


 この先生が言うと妙に説得力があった。


 それにしてもこの人、前職が代打だいうちか何かだったのかな?

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