第672話 地震に備える男

「地震よ、地震!」


 妻がそう叫んだとき、オレは台所で皿を洗いながら YouTube に聴き入っていた。


 なんか最近になって足元がふらつくなあ、と思っていたら、本当に地面が揺れていたのだ。

 東北大震災の時のようないつまでも終わらない長周期振動。

 あの時と同じように遠くの方で巨大地震が起こっているのか?

 それにしても今日は新年の1月1日だ。

 地震というやつは、常に予想外のタイミングで発生する。


 オレは台所からリビングに出てきて、本棚や箪笥と距離を取った。

 万一、こいつらが倒れてきて下敷きになったりしたら大怪我をする。

 それにしても気持ちの悪い揺れだ。

 いつまでも揺れている。


 ネットで調べてみると震源は石川県の能登半島になっている。

 随分遠くだが、これだけ揺れたわけだ。

 こちらでは体感で震度3くらいだろうか。


 地震といえば揺れだけでなく、火事、津波、原発事故が続くことがある。

 YouTube で見ていると、津波警報の範囲が徐々に拡がり、ついには日本海側全体になってしまった。

 津波の予想高さの最大は5メートルにもなる。


 幸い、津波の高さは1.2メートル程度にとどまり原発事故も起こらなかったようだ。

 海外のニュースでも BBC や CNN などが次々に報道し始めた。

 それぞれに本国のアナウンサーが日本在住の特派員に尋ねているのは建物の被害、津波、そして原発の状態だ。

 皆の頭によぎっているのは福島第一発電所の悪夢なのだろう。


 東京の特派員からの答えは一様に、建物の被害はさほど大きくない、そして日本政府の発表では原発の被害は出ていない、と。

 東北大震災以来、政府は原発の地震対策や津波対策に努めてきたので、その成果が出たのだろうという発言が相次いだ。


 そこで、ふと我に返った。


 病院からの安否確認や呼び出しは?

 ウチの病院は災害が起こったら職員の安否確認と出勤可能か否かの問い合わせが一斉送信アプリで行われる。

 しかし、今回は問い合わせがきていない。

 ということは、すぐに出勤する必要がないばかりか、医療支援班の派遣もないだろう。


 大災害の時にまず現地に向かうのはDMATディーマットだ。

 DMAT というのは Disaster Medical Assistance Team の略で、日本語では災害派遣医療チームと呼ばれる。

 医師、看護師、他の医療職、そしてロジと呼ばれる事務職からなる専門チームだ。

 普段は病院の各部署で働いているが、災害があれば何処にでも駆けつけて行く。

 国内だけでなく海外にも。


 東北大震災の時は、2011年3月11日14時46分の発災で、ウチのDMATは早くもその日の夕方には自衛隊機に乗って現地に向かった。

 DMATの救命活動は最初の48時間ほどで、その後は医療支援班に引き継がれる。

 当時、ウチの病院からは医師、看護師、薬剤師、ロジを合わせて5人で医療支援班を編成して現地に入り、DMATから引き継いで数日間の支援を行った。


 東北大震災の時の経験や反省をもとにしてシステムを改善し、現在は院長と副院長を除くレジデント以上の医師全員に当番日が割り当てられている。

 医療支援班が出発する日の当番が問答無用で派遣されることになるのだ。

 オレも当番の日があてられていたはずだが、それがいつだったか忘れてしまった。


 今回の地震であれば1月1日にDMATが出動し、1月3日の当番にあたっている医師たちが出動しなくてはならない。

 とはいえ、今回の規模と距離であればウチからの医療支援班の出動はなさそうだ。


 すでに現地の医療機関には大勢の怪我人が詰めかけているのだとか。

 DMATや外部からの医療支援班がうまく支えることができればいいのだけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る