第669話 週80時間働く男 1
医師が目一杯働くってのは週40時間じゃない、80時間だ。
「第667話 プランBを提案する男 5」で、オレはそう述べた。
今回は、その中身を詳しく述べよう。
以前、各教育研修病院のレジデントと研修医が集められて質疑応答する、という医師会の会合があった。
ちなみに研修医というのは、医学部を卒業して最初の2年間の身分を言う。
まだまだ初心者なので何も出来ない。
厳密なプログラムのもと、内科や外科、産婦人科などをローテーションして基本的な事を学ぶ。
レジデントというのは研修医終了後に各診療科の専門医を目指す身分のことだ。
こちらは3年から5年程度の修業になり、その期間はそれぞれの診療科によって違う。
ちなみに総合診療科は3年間、脳神経外科は4年間で所定の経験を積んだ後に専門医試験を受ける。
で、専門医となったら普通のお医者さんよりも優れているといえるのか、といえばそれは微妙だ。
脳神経外科でいえば、一般内科や一般外科の医師よりも脳神経外科に関しては詳しいというだけで、まだまだ駆け出しとしか言えない。
たとえば救急外来にクモ膜下出血の患者が搬入されてきた場合、血管造影で動脈瘤を診断して、さらに開頭クリッピング術まで完遂できるのか?
試験に受かったばかりの専門医であれば、それができるのは10人に1人いるかいないかだと思う。
専門医を取ったから何かをなし得たというわけではない。
車の運転でいえば、教習所を修了して免許証の試験に受かったという程度だ。
安全運転の技術を身につけるためには初心者マークをつけて実際に路上に出て何度も怖い思いをする必要がある。
話を戻そう。
医師会の会合では、卒後1~2年の研修医たちが色々な質問を行い、それに卒後3~7年のレジデントたちが答えるという企画が進行していた。
「御自分の専門はどのように決めたのですか」
「専門医プログラムの選択には何を参考にしたのでしょうか」
「大学の医局には入ったのですか」
「博士号取得や海外留学について、今後の進路をお聞かせください」
確かに研修医が悩みそうな質問ばかりだ。
その中に1つ、昨今の医療界の話題になっている質問があった。
「超勤と自己研鑽をどのように区別しているのでしょうか」というものだ。
その質問が出た瞬間、会場には何とも言えない空気が流れた。
あまり公の場で尋ねることではない、とされている質問だからだ。
「あ~あ、言っちゃった」
「ああいう質問に答えるためには院長クラスの先生に来てもらわないと」
オレの座っていた隣からはそんな声が聞こえてきた。
いずれも卒後20年、30年経ってそれなりの地位にいる先生方だ。
その質問をぶつけられたのはウチの病院から参加していた脳外科レジデントだったが、彼の回答はモゴモゴとよく分からないものだった。
しかし、病院幹部の方が質問に答えるのが難しいはず。
というのも、建前しか言うことができない。
レジデントは単に自分がどうしているかを述べればいいので、遥かに楽だ。
それにどんな発言をしたとて、それで非難されることはない。
「もうちょっとスパッと答えてくれよ」
質問をする立場でもなければ回答する立場でもないオレは、会場の片隅でヤキモキするばかりだった。
(次回に続く)
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