第648話 「王の病室 2」を読む男

「王の病室」の第1巻については第557話と第558話で感想を述べた。

 一言ひとことで表現するなら医療現場の「あるある」に満ちた漫画だ。


 第2巻が出たので早速に読んでみた。

 初めて第1巻を読んだ時の衝撃は感じなかったものの、やはり「オレのほかにも同じような事を考えていた人間がいたのか!」と思わされる描写があちこちにある。

 順次、オレの感想を述べよう。


 あっ、先に断っておくけどネタバレ上等だよ、オレは。

 読者に配慮する余裕も時間もないから。

 ゴメンね!



ここがリアル!:その1 患者・家族は研修医を好まない


 オレも研修医の時は散々言われた。

「先生は随分お若いようですけど……」と。

 後半の言葉は濁しているが、「大丈夫ですか?」ってことだ。


 今や決して若いと言われる事のない年齢になってしまった。

 外見もベテランらしく見える。

 が、10倍の経験があったら10倍偉くなるのかといえば、それは違う。


 医療ってのはある意味スポーツみたいなもんだ。

 サッカー選手みたいにメンタルとフィジカルの両方が要求される。

 そして、最新の医学的知識を常に吸収する記憶力も。


 そう考えると年を取っていのは病状説明ムンテラが上手くなる事くらいだ。

 あとは臨床的、社会的なトラブルシューティングも得意になる。

 もちろん、それだけのトラブルを食らった結果なんだけど。


 で、入院患者の担当は多くの場合、上級医+研修医とか、ベテラン医師+レジデントという組み合わせになる。

 それぞれに得意な所を受け持ちながら治療を行う。


 確かにベテラン医師は方針を決めたりトラブルに対処したりするのは得意だが、病棟からの毎日数十件に及ぶドクターコールに対応するのは無理だ。

 信じられない事だが休日の自宅にまでコールがあったりする。

 それに対応するだけの体力も若さもベテラン医師には残っていない。


 その点、研修医は平気だ。

 それどころかコールしてきた病棟ナースを電話口で口説くどこうとする馬鹿までいる。


 だから上級医+研修医が1番良い。

 もっぱら病室に顔を出すのが研修医なので患者には「こんな若い先生で大丈夫なんだろうか」と思われがちなんだけど。

 上級医が頭となり、研修医が手足となって働くのが1番効率的だ。



ここがリアル!:その2 「『緩和』も『治療』です」という高野たかの医師のお言葉。


「じゃあ今回の入院は治療じゃなくて緩和ですかぁ」と肩を落とす赤城研修医に対するものだ。


 赤城が担当する事になったのは原発不明げんぱつふめい腹膜転移癌ふくまくてんいがん

 それも高齢者ではなく既婚の若い女性だ。


 いくさである事は最初から見えている。

 それをどうやって本人にも家族にも納得の行く形で負けて見せるか。


 上級医である高野の指導のもとに難しい症例を経験できるというのは最高の研修だ。

 それを高野は分かっているが、赤城は分っていない。


 分っていなくても患者は厳然として存在している。

 そして容赦なく病状は悪化していく。


 好むと好まざるとにかかわらず赤城は末期癌と戦わなくてはならない。

「何で治らないのか?」「何とかしてくれ!」と家族にめられる。

 毎日、毎日。

 何度も、何度も。


 研修医は「昨日きのうも同じ話をしましたよね?」という言葉を吞み込んで繰り返し説明をしなくてはならない。


 正解の存在しない問いかけに答えようと頑張る事によって研修医が鍛えられるのだ。


 よく評論家やメディアに「お医者さんってのは苦労知らずの理系人間なんで患者さんの気持ちなんか分からないんですよ」と批判されるが、オレは反論したい。


 医師になったら最初の数ヵ月で何人もの患者の死に関わる事になる。

 そして人の死ってのは例外なく理不尽だ。

 本人にも家族にも、担当医にとっても。


 どんなに苦労知らずのお坊ちゃん研修医がやってきても、すぐに一生分の理不尽を経験する事になる。

 評論家に的外まとはずれな心配をしてもらう必要はない。



ここがリアル!:その3 「スマホで死亡時刻を確認してはならない」という都市伝説


 いよいよ担当患者の死亡確認をする時が迫ってくる。

 研修医の赤城は死亡時刻の確認にPHSピッチを使おうとして上級医の高野に都市伝説を教えられた。


「スマホで死亡時刻確認をすると『不愉快だった』と遺族にクレームをいれられる」というもの。


 オレの勤務している病院でも似たような都市伝説がある。

 ある医師が瞳孔を確認するためのペンライトをナースに借りた。

 それが可愛い絵のついたキャラクターグッズだったわけ。

 で、後で「馬鹿にしているのか!」と遺族にお叱りを受けたのだそうだ。


 なので、時計もペンライトも聴診器も不愛想なものを使っておいた方が無難なのかもしれない。

 言われてみれば、厳粛な死亡確認の時には無意識にそういう物を選んでいるような気がする。



ここがリアル!:その4 インチキ医療器具を赤城が修理する場面


 世の中、病人の弱みに付け込む悪人の数の多さにはあきれかえる。

 それがインチキ医療器具であり、イカサマ健康食品だ。


 いよいよ患者が亡くなろうという間際まぎわに、その亭主が一生懸命にインチキ医療器具を直そうとして、詰所にいた赤城研修医にドライバーを借りにくる。


 その亭主に赤城はこう怒鳴る。


「貸してください!」

「この機械は僕が直しますから!!!」


 さらに赤城は付け加える。


「宮畑さん、もう時間がないんです」

「少しでも、少しでも長く奥様のそばにいてあげてください」


 よく言った、赤城!


 亭主に代わってインチキ医療器具の修理をしてやるなんて、最高の大馬鹿野郎だよ、お前は!!

 オレが研修医に期待したいのは、こういう未熟な熱さだ。



 というわけで「王の病室 2」の感想を述べさせてもらった。

 まだ前半部分の感想にすぎないけど、仕事の延長みたいになってしまってヘトヘトだ。


 体力が残っていたら、次回は後半部分の感想も述べたい。


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