第642話 衝撃に備える男 2

(前回からの続き)


  オレはルーカスに尋ねた。 


「外にいるのは君の友達かな?」

「そうだよ」

「彼らにも状況を説明してあげた方がいいと思うんだけど」

「そうだね」

「こっちから話しておこうか。それとも君自身が話すかな?」

「自分で言わせてくれ」


 オレは待合スペースの外国人たちに声をかけた。


「ルーカスが君たちに話をしたいということなので、一緒に来てくれるかな」


 彼らはゾロゾロとオレについて来た。


「ルーカス!」「大丈夫か、心配したぞ」みたいなウェットなやり取りは全くなかった。

 日本人との違いだな。


 ルーカスは昼食でアナフィラキシーになったこと、第2波に備えて入院が必要なことを自分で友達に説明した。

 というか、多分そんな話をしたんだろうと思う。

 正直、英語でのやり取りが速すぎてついていけなかった。


「何か質問はあるかな?」


 オレは彼らに呼び掛けた。

 すると口々に質問が飛んでくる。


「彼に食べ物をもってきてもいいのか?」

「支払いは前払いか」

「診断書はもらえるのか?」


 日本人より遥かに具体的な質問だ。

 順に「食事はこちらで準備する」「支払いは後払いだ」「診断書は作成する」と答えた。


 ここで鬼門になりがちなのが診断書だ。

 旅行者の場合、一旦は全額を自費で支払ってもらって、その後に保険会社から払い戻しを受ける。

 その際、診断名、治療内容、入院期間などを記載した診断書が必要になる。

 が、こいつは英文でなくてはならない。


 一体、そんな込み入った診断書を誰が英語で作成するんだ、という事になりがちだ。

 が、外国人旅行者が急増した現在、そんな事は言っていられない。

 幸いな事に、英語圏の国だけでなく、韓国やドイツ、サウジアラビアであっても現地語でなく英語で済む。

 医学の世界では英語が共通語になっているので、わざわざ韓国語やドイツ語で書く必要はない。


 そして、ネット時代の現代、日本語の文章は瞬時に Google 翻訳や DeepL が英語に直してくれる。

 英語での診断書作成は以前ほどの頭痛ではなくなった。


 ただ、診療看護師NPの茨城くんにとって英語は相当なストレスみたいだ。


「入院については主治医を丸居先生にして、受け持ちは研修医の先生でいいですか?」

「うん、いいよ」


 そう返事したらホッとした顔になった。


 早速、総合診療科をローテートしている研修医の虎川龍之介とらかわ りゅうのすけ先生を呼んだ。


「先生、英語は大丈夫か?」

「全然ダメです」

「じゃあチャンスだぞ。こっちの英語が下手でも歩み寄ってくれるからな」


 そもそも患者は救急外来に助けを求めて来ている。

 だから日本人のカタコト英語にも忍耐強くつきあってくれる


「ローテート初日から濃厚研修になっちまったな」

「頑張ります!」


 ということで、オレは虎川先生に電子カルテを使って英文診断書の作成法、DPCの入力法などを伝授した。


 DPCというのは患者が入院した時の診療報酬制度だ。

よほど変な事情がないかぎり、特定の病名の1日あたりの診療報酬は決まっている。

 アナフィラキシーだと入院初日が〇〇点、翌日が△△点といった具合だ。


 定額制なので病院としては、なるべく検査や投薬を控えた方が利益が増える。

 とはいえ、教育研修病院だと、つい色々な検査をやってしまいがちだけど。


 ということで順調にいけばルーカスは1泊2日の入院になる。

 ただ、問題は翌日が土曜日になってしまうということだ。

 彼が無事に退院できるか否か、誰かが見届けなくてはならない。


 本来なら病棟当直の仕事だが、電話したらていよく断られた。

 仕方ないのでオレが休日出勤するか。


 病院敷地内の寮に住んでいる虎川先生にも来てもらおう。

 働き方改革の昨今、あまり研修医に休日出勤をさせてはならない事になっている。

 が、週40時間の研修では何も学ぶことができない。

 外国人患者の診断書作成、ムンテラ、退院手続きなどの瑣事さじを知る良い機会だ。


(次回に続く)

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