第641話 衝撃に備える男 1

♠ 読者の皆様。作者の hekisei です。医療現場では毎日のように色々な事が起こって、材料となるエピソードがどんどん上書きされてしまいます。ネタは新鮮なうちに料理しておこうと思い、一時的に順序を変えて掲載させていただきます。よって「壺に走る男 1」の次に「衝撃に備える男 1」が来ます。その後に「壺 2」となるか「衝撃 2」となるか、まだ決まっていません。御理解よろしくお願いいたします。♠



「先生、助けてください」


 悲痛な声で電話をかけて来たのは診療看護師の茨城くんだ。


「どうした!」

「救急外来にアナフィラキシーの人が来たんですけど」

「おお」

「それがニュージーランド人の男性なんですよ」

「観光客か?」

「そうなんです」


 言葉の壁に邪魔されて四苦八苦しているみたいだ。

 電子カルテを見ると救急一覧にルーカス・ファウラーというカタカナの名前が目についた。

 21歳の若者だ。


「治療はどうした?」

「中等症なんでアドレナリン筋注して、H1遮断薬ブロッカー、H2遮断薬ブロッカー、ステロイドを使いました」

「ちゃんとフルコースやったわけね。すぐ行く」


 電子カルテには詳細な病歴が記されている。

 もともと食物アレルギーがあったとか、昼食には中華を食べたとか。

 ちゃんとコミュニケーションは取れているみたいだが、こういうのは実際に見ないと分からないことも多い。


 救急外来では待合スペースに一目で分る外国人たちがたむろしている。

 処置室に入ると、さっそく茨城くんが「この方です」と指さした。

 指先にはストレッチャーに横たわるサングラスの男性がいる。


「こんにちは、私はドクター・マルーイです」


 男性は力なくうなずく。

 アナフィラキシー・ショックでたった今、三途さんずの川から引き返してきたわけだから弱っているのも無理はない。


 茨木君はスマホの翻訳アプリで頑張ったそうだが、オレは日頃から鍛えた英語で直接コミュニケーションだ。

 と、言葉が思うように出て来ない。


「今から貴方の身体に何が起こったのか、それを説明させて下さい」


 そう言おうと思ったが、この場合の身体は body で良かったのかなあ?


「お昼御飯の食材に使われていたものでアナフィラキシーが起こったのだと思われます」


 食材ってのは material でいいのかな。

 ingredients とか言ったような気もするぞ。


 ついアナフィラキシーと言ってしまったが、英語では anaphylaxis だ。

 後で調べて分かった。

 しかし、素人にも分かりやすい表現というと「重症アレルギー」とか言った方が良かったかも。


 なんせ、あれこれ考えていると自分でももどかしいくらい英語が出て来ない。

 毎日の勉強が全く役に立っていないじゃないか!


 が、医師として伝えなくてはならない事は他にもある。


「現時点では一時的に症状が良くなっていますが、第2波が来ることがあります」


 外国人相手だから数字で言った方が分かりやすいかもしれない。

 正確なところは後で調べるとして、大雑把な目安だけでも言っておこう。


「大体、20%くらいの人が12時間以内に第2波に襲われるので、一晩入院してもらって経過観察しておくことをお勧めします」


 ルーカスは力なく「そうしてくれ」と言った。


 それにしても第2波ってのは second wave でいいのかな。

 一々そんな事を考えていると、なかなか話が進まない。


 が、ここは無理にでも進めなくてはならない場面だ。


(次回に続く)

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