第636話 英単語を憶える男 1

 その昔。


 高次脳機能を調べるための検査をオレも受けてみた。

 検査をしてくれたのは言語聴覚士S Tだ。


 高次脳機能に障害のある人向けの検査だと思っていたら、オレのような健常人にとっても難しいものだった。

 難しいというよりも、スピードと耐久力を必要とする。

 一通りやると4時間かかるので、通常は2時間ずつ2日間に分けて行うのだそうだ。


 その中のいくつかは記憶力を測定するものだった。

 憶えるべきは日本語での単語や文章、それに図形などだ。


 ただ、こういう検査はやっているうちにコツが分ってくる。

 文字や図形それぞれの検査で高得点を叩き出して「がっはっは!」とやっていたら言語聴覚士に指摘された。


「先生の場合は文字と画像の両方で記憶しているみたいですね」


 言われて初めて気づいた。


 たとえば「青い屋根」とあったら、字面じづらだけじゃなく目の前に青い屋根のある家を思い浮かべる。

 また、四角形に右上から左下に向かって斜めに2本の線が入っている図を見たら、その形だけでなく「袈裟斬けさぎりり2本」と 言葉に変換しておぼえる。


 字と絵の両方で記憶すると、憶えやすく忘れにくい。

 文字や画像に変換する一手間がかかるので、その瞬間だけ脳に負荷がかかるけれども、その部分だけクリアしたらOKだ。


 この方法は英単語記憶にも使えるんじゃないか?

 そう思ったのがパワポ英単語帳作成のキッカケだった。


 知らない人もいるかもしれないので、パワポについても説明しておこう。


 これはパソコンで使う3大ソフトの1つだ。

 正式名をパワーポイントという。

 このソフトを使って、学会発表やカンファレンスの時に、聴衆の前方にあるディスプレイに表示するのだ。

 医学系の発表では言葉だけでは伝わりにくいので、文字やグラフ、表、画像、ときには動画を駆使して行う。

 いかに分かりやすく印象に残るプレゼンを行うか、そこに皆が心血しんけつそそいでいる。


 そのせいか、パワポの使い方については医師なら誰でも熟知している。


 オレが考えたのは、英単語の暗記にパワポを利用すればいいのではないか、という事だ。

 というのも、先に高次脳機能障害の検査で、字と絵の両方で記憶すれば憶えやすく忘れにくい、ということを経験したからで、この裏ワザを使わない手はない。

 だから、画像も文字も両方使えるパワポを使ってデジタル単語帳を作れば英単語なんか楽々憶えられるはず、それがオレの目論見もくろみだ。


 ここで読者には疑問が湧いてくるかもしれない。


「お医者さんが英単語の記憶? もう大学受験は済んでいるのに、どうしてそんな事が必要なの」


 次回、まずはその疑問に答えてからオレ流のパワポ単語帳の作り方を説明しよう。


(次回に続く)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る