第637話 英単語を憶える男 2

(前回からの続き)


 今回は何故お医者さんが英単語をおぼえなくてはならないか、というところから話を始めたいと思う。


 確かに今さら大学受験でもなければ、TOEIC トーイックのスコアが給料に反映されるわけでもない。

 海外留学にも何らかの英語試験は不要な事が多い。

 というのも、研究留学する場合、そこのラボのボスがOKならOKだからだ。

 90年代のアメリカなんか、東欧からの留学生はロシア語はしゃべれるが英語はからきし駄目だった。

 それでも医学の研究のために熱意をもって渡米する連中にとって、英語の壁ごときは眼中にない。

"He don't ~" とか言いながら堂々と自己主張していた。


 話を戻そう。


 オレが英語を勉強するのは受験でもなければ留学でもない。

 単に国際学会で向こうの国の人たちとのコミュニケーションが覚束おぼつかないのが悔しいからだ。

 英語圏の人たちだけでなく、デンマークの医者もブラジルの医者もバングラディシュの医者も、普通に英語を話す。

 もっと言うと、中国や韓国のお医者さんたちもオレよりずっと英語が上手い。

 ディナーの会場を見渡してオレより下手なのは同胞の日本人たちだけだ。


 この状況は辛い、辛すぎる。

 いくら通訳アプリが進化したとて、人と人との間の超高速会話についていけるのはずっと先の話だ。


 また TIME や Newsweek の英語記事をスラスラ読めるようにもなりたい。

 なんせ英語圏の人たちは斜めに読むどころか縦に読んでいるとしか思えない速さだ。


 そして洋画を字幕なしで楽しみたい。

 日本にいれば日本語字幕がついているのが当たり前だ。

 が、海外航空会社の飛行機だと、ハリウッド映画にフィンランド語と中国語の字幕しかついていない事がある。

 せめて英語の字幕があれば大体のストーリーは分かるのに。


 そんなこんなで英語はオレにとっての永遠のテーマだ。


 大多数の医師にとっても英語は苦手、鬼門といってもいい。

 大学受験だけでなく医学部卒業後にも多くの英語にさらされている関係で、一般の人よりも多少はマシだ、というだけの事だ。


 で、オレは自分なりに試行錯誤して英語を学んでいる。


 特に英語の基礎たる英単語については、どう記憶したものか、と頭を悩ませる日々だ。


 そもそも大学受験に必要な英単語数というのは6,000語ほどと言われている。

 ところが、この程度ではニュースの英文記事をスラスラ読む事は到底できない。

 英語ネイティブの10歳児のボキャブラリーが12,000語、高校生が20,000語、成人が30,000語というから、日本の大学生はアメリカの小学校低学年程度でしかない。


 実際にオレが愛読しているのは BBC、英国放送協会の英文記事だ。

 日本でいえば NHK にあたるが、公共放送といえども遠慮なく広告が入ってくるところが違っている。

 この BBC はテレビやラジオの配信だけでなく、新聞みたいな文字ニュースにも力を入れているところが面白い。

 CNN とか FOX のような米国系メディアがアメリカ中心の報道をしているのに対し、BBC はかつての大英帝国全体からのニュースがメインなので、インドにもオーストラリアにもナイジェリアにも目配りができている。

 残念ながら極東のニュースは日本でなく中国が中心だけど。


 オレにとっては、この BBC の英文記事がスラスラ読めないのが辛い。

 見た事のない単語や曖昧な記憶しかない単語がバンバン出て来るからだ。


 たとえばガザ紛争でハマスが何人かの人質を解放したというニュース。


 embrace, reunite, hostage, despair, optimism, captive, extend, fragile, truce, framework, elimination


 これらの英単語は大学受験の6,000語には入っていないんじゃないかと思う。

 だから大学入試が終わってから新たに憶えなくてはならない。


 おそらく知っている英単語が12,000語くらいになれば英文記事がスラスラ読めるのではなかろうか。

 12,000語というのは英検1級のボキャブラリーの目安でもある。

 因みに医学論文は英語がメインだけど、専門用語ばかりなので一般人のボキャブラリーとはかなり異なる。

 ある英単語帳では pancreas(膵臓)や intestine(腸)が難解英単語として挙げられていたが、医師にとっては基本だ。

 日本語でも「膵臓」や「腸」という言葉を知らないお医者さんがいたら、誰もかかりたくないだろう。


 というわけで前置きが長くなってしまった。


 いよいよパワポを使った英単語帳作成法を披露する。


(次回に続く)


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