第634話 生老病死を語る男 7
(前回からの続き)
オレは「認知症予防の生活習慣を教えてください」という難問を突き付けられた。
順番が回ってくるまでに、どう答えるべきかについて頭を絞った。
その上で3つ、回答らしいものを思いつき、質問用紙の余白にメモをしておく。
その1 酒とタバコ。
まずは酒とタバコだ。
タバコは論外、どんな病気も悪化させる。
厳密にいえばタバコが症状緩和に役立つ病気も少数ながら存在する。
が、そんな
とにかく論外だという事にしておこう。
だから「万一、ここに喫煙者がおられたら、さっき吸ったタバコを人生最後の1本にしましょう」と会場に呼びかけた。
オレなんかに言われて禁煙できる人なんか100人に1人もいないだろうけど。
質問されたからには答えなくてはならない。
次に酒だ。
酒飲みがやってしまいがちなのが、栄養の偏りだ。
アルコールばかり飲んでいてちゃんと食事を摂らないとビタミンB1欠乏になってしまう。
そしてB1欠乏はウェルニッケ・コルサコフ症候群という認知症そっくりの症状を
救急外来にどれだけ沢山のB1欠乏症が搬入されてくるか、呆れるばかりだ。
「お酒は飲んでもいいけど、適量にしてください」とオレは言った。
問題は「適量」の解釈が人によって違うこと、そして適度の飲酒が実行できるか、だけど。
その2 動脈硬化予防。
認知症ってのはアルツハイマーとかレビー小体型とかピック病とか色々あるが、こいつらを予防するってのは至難の業だ。
ただ、高齢者の場合は、単独で発症するというよりも血管性認知症が
であれば、動脈硬化予防によって物忘れの発症を遅らせる事が可能になるはず。
そのためには高血圧と糖尿病の治療をしなくてはならない。
もちろん、動脈硬化の要因は他にも沢山あるが、高齢者の頭に入るのは2つが
ここは「高血圧と糖尿病」と力強く断言しよう。
「じゃあ、そのための生活習慣はどうすればいいのですか?」という質問が必ず返ってくるはず。
そこで厳かに宣言する。
「運動してください、歩いてください。高血圧にも糖尿病にもどちらにも効きます」
運動は万能の予防薬であり治療薬だ。
驚いた事に脳腫瘍の生存期間すら有意に延ばしたという研究がある。
運動を勧めると、次に食事の事を尋ねられる。
ただ、正しい食事ってのは個人の病状によって変わるので一般的な事しか言えない。
「高血圧の人は塩分の摂り過ぎに注意し、糖尿病の人はカロリーの摂り過ぎに注意しましょう」
このくらいならいいだろう。
その3 自らの内服薬について知っておくこと。
多くの患者が知らない事、それは内服薬によって認知症が起こるってことだ。
正確には認知症が起こるというよりは、認知症そっくりの症状がみられる事がある。
睡眠薬、抗コリン薬、抗ヒスタミン薬が代表的なものだ。
特に抗コリン薬は泌尿器科で頻尿の薬として使われたりするので、おしっこの薬が記憶や認知機能に影響するなどとは夢にも思わない。
でもよくある落とし穴なので知っておいた方が良い。
他にも神経障害性
オレが言いたいのは医者に処方された薬をそのまま信じてはならない、という事だ。
比較的信じられるのは1つの医療機関の1つの診療科から出されている場合だけ。
最近の高齢者は3~4軒の医療機関をハシゴしているので、知らないうちに内服薬が10種類をこえてしまう。
そうなると誰1人として全ての薬を把握することはできない。
このような状況をポリファーマシーといい、世界的に大問題となっている。
オレだって他の医者が処方している薬までは関知しないからね。
だから患者が自分で自分を守る必要がある。
医者から処方された薬がどのような役目を持っていてどのような副作用があるのか、処方された薬をもらう薬局から「おくすり説明書」なるものを貰うだろう。
そいつを読め、理解しろ、頭に叩き込め!
もし「他の医療機関からどんな薬をもらっているのですか?」と医者に尋ねられたら、「〇〇という血圧の薬、△△というコレステロールの薬、◇◇という睡眠薬です」と明確に答えてくれ。
「それができない患者さんは、お医者さんに軽く扱われても仕方ありません」とオレは会場に言った。
本当にそんな事をしたら、9割の患者を軽く扱わなくてはならなくなるけど。
というわけで、オレの講演と質疑応答は無事に終わった。
が、他の演者の発表内容もなかなか役に立つので、次回はそれに触れてこのシリーズの最終回としたい。
(次に続く)
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