第629話 生老病死を語る男 2

(前回からの続き)


 知人の30代女性から聞いた話はこうだった。


 ひょんな事からある男性と知り合ったのだそうだ。

 バツイチだけどいい人だったので目出度めでたく結婚に至った!


 ところが結婚してみると、亭主が泥棒だったことが判明する。

 百歩譲って、職業が泥棒で、その稼ぎで家計を支えているというのなら、まだ理解できる……理解したらいけないんだけど。


 でもこの亭主、奥さんの財布からお金を抜き取ったり、奥さんのキャッシュカードを勝手に使ったり、という困った泥棒だった。


「家の中に泥棒がいるくらい怖いことってないから!」


 そう言って彼女はさっさと離婚した。

 当然それ以外に選択肢はない。


 という事で「生老病死しょうろうびょうしのうちの『しょう』というのも苦の1つです。生きているだけで色々な苦労がありますから」と、オレは市民公開講座で強調することにした。



 次は生老病死の順番を変えて「びょう」について語ろう。


 これこそオレたち医師が日夜戦っている相手だ。

 脳梗塞、急性心筋梗塞、癌、リウマチ、気管支喘息、透析……などなど。

 世の中には恐ろしい病気が沢山ある。

 一歩間違えたらあの世行きというのから毎日の生活が大変というのまで。

 病気にだけはなりたくない、何と言っても健康が1番だ。



 そして「生」「病」につづいて、ついに「ろう」に順番が回ってきた。

 こいつは毎日の生活が大変という意味では「病」とまぎらわしい。

 が、「病」というよりも「老」にあたるであろう症状を具体的にあげてみれば、その違いが分る。


 目が見えない

 耳が聴こえない

 腰が痛い

 物忘れがある

 おしっこが近い

 眠れない


 やはり、これらの症状は「病」というよりも「老」と考えるべきだろう。

 そしてこれこそ今回の市民公開講座のテーマである「フレイル」のイメージだとオレは思う。


 一般にフレイルは健常と要介護の間だと定義される。

 そして日本語に翻訳されるときには「虚弱」という言葉を当てられることが多い。

 が、「虚弱」という耳慣れない言葉よりは「老衰」とか「老」という言葉の方がイメージしやすい。


 そして老人の色々な症状の中でも、フレイルの中核をなすのは体重減少、筋力低下、活力低下、物忘れ、というものだ。


 医学的なフレイルの定義にあてはまる人の割合は60代で15%、80代で40%にも達する。

 おそらく聴衆のほとんどは高齢者だろうから、皆、自分がフレイルにあたるのかが気になるだろう。


 そこで、自分自身がフレイルにあたるのか否か、幾つかの簡単なテストをオレは聴衆に披露することにした。


(次回に続く)

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