第626話 排尿時痛の男 1
その男性は40代、近所のクリニックから
数日前からの発熱、
つまり、熱が出て
これらの症状を素直に考えれば尿路感染症だ。
つまり、腎臓、尿管、
が、ちょっと合わないことが2点あった。
まず男性の尿路感染症というのはあまり多くない。
というのも
それゆえ尿道から入り込んだ細菌が膀胱まで到達しにくいのだ。
だから男性の尿路感染症と聞くと、別の込み入った病気が隠れているのだろうか、と疑ってしまう。
が、目の前の男性はどこから見ても普通のサラリーマンだ。
次に、前日にクリニックで行われた検査では尿が比較的綺麗だということも合わない。
普通の尿路感染症は尿が濁っていて白血球や細菌が混ざり、潜血や
しかし、尿は透明で上記の項目もおおむね正常だ。
ちなみにクリニックの血液検査では炎症反応を示すCRPも白血球数も立派に上昇していた。
まとめると症状からは尿路感染症だけど、血液・尿検査からは別の感染症、ということになる。
検査だけでは見えてこない事もあるので、とにかく問診を行う。
いつから、どんな症状があるのか?
その症状の原因についての心当たりは何かあるか?
クリニックではどんな検査や治療をされたのか?
すると有力な情報が2つ加わった。
排尿時痛の他に
クリニックで
「その違和感というのはどんな感じですかね?」
「単純に痛いというよりも、なんか不快な感じというか」
「場所は
「そういう事に……なるのかな」
「自転車に乗ったときにサドルの当たる場所といったら分かりやすいでしょうか?」
「そうそう、それです。その場所です」
なるほど、この症状から考えると
というオレは、急性前立腺炎なるものをこれまでの医師人生で
前立腺というのは直腸と膀胱の間にあるクルミ大の器官で、精液の主たる成分である前立腺液を産生している。
よって男性しか持っていない臓器だ。
こいつは尿道を取り巻くように存在しているので、炎症があると尿路感染症そっくりの症状になる。
「では採血と検尿をしましょう」
「えっ、昨日もクリニックで血とおしっこの検査をしましたけど」
「もう1度やる必要があるんですよ。昨日と今日の比較、そしてクリニックではやっていない項目の検査です。1時間後くらいには結果が出るので、もう1度お声がけさせていただきます」
患者が検査に行っている間にオレはこそこそとスマホで急性前立腺炎の事を調べた。
診察としては直腸診で圧痛や熱感の有無をみることになっている。
特に初期研修医には「
とはいえ、自分がやるとなると肛門に指を突っ込むのは抵抗がある。
患者だってそんな事はされたくないだろうし。
さらにスマホを見ていると「
「なるほど、下手な人間は直腸診をしない方がいいんだ!」とオレは喜んだ。
もちろんオレとて研修医には厳しく指導する。
「自分が下手だからといって直腸診をやらなかったら、いつまでたっても下手なままだぞ!」と。
もう1つ調べた事は急性前立腺炎にどのような抗菌薬を使うか、ということだ。
前立腺というのは孤立した臓器なので、抗菌薬が届きにくい。
だから前立腺への移行性の良い抗菌薬を選らばなくてはならない。
それと点滴ではなく
患者に毎日病院に通ってもらって点滴するのも大変だから、口からのんで前立腺に届くという都合のいい抗菌薬はないものか、ということを調べた。
するとレボフロキサシンという抗菌薬がこれにピッタリだった。
「こいつを使おう!」とオレはほくそ笑んだ。
レボフロキサシンのいいところは、万一、この患者が急性前立腺炎でなく他の感染症であったとしても効果が期待できる、ということだ。
ということで1時間後。
検査結果や
(次回に続く)
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