第620話 発作の出る男 7

(前回からの続き)


 今回はエピローグ的な話になる。


 伯父の喘息・狭心症騒動を通してオレたち夫婦も色々考えさせられた。


「結局、高齢者は複数の病気を持っているけど、お医者さんは誰も正面から対応しないのよね」


 妻の意見にオレも賛同する。


「高次医療機関の医者は皆、自分の専門領域を深堀ふかぼりするのに夢中だからな」


 実際、専門医ってのは自分の専門領域以外の事には知識も興味もない。

 専門外の病気の事を尋ねても、塩反応だ。

 カレーを注文された鮨屋すしやの大将みたいなもんだ、といったら分かりやすいだろうか。


「その一方で開業医は薄利多売。1人の患者に時間をかける事なんかできない。ひたすらさばくだけになってしまうのが現実だ」


 オレはそう思っている。

 かつて「うちのクリニックにも患者を紹介してくれないかな」と言ってきた先輩は「でも、本当の病人は駄目だぞ。元気なお爺ちゃん、お婆ちゃんが一番有難いんだからな」と付け加えた。


 かくして、今回の伯父みたいに複数の病気を持っている高齢者に対応する医者は日本中探しても殆どいない。

 いや、中には「複数疾患の患者でも任せておけ」というこころざしを持った開業医もいることと思う。

 でも、現在の日本の診療報酬制度の下では、そんな患者に時間をかれたら食っていけないのだ。


 なら大病院の中の総合診療部門はどうだろうか?


 まさしくオレがやっている総合診療科だ。

 が、やってみれば分かる。

 色々とややこしい症例を押し付けられる事が多い。

 問題患者……と言ってはいけないのか、処遇困難患者だな。


 あちこちの診療科でトラブルを起こしては出禁できんになり、最後には「まとめて総合診療科で御対応願います」とブン投げられてくる。

 常に何かに対して腹を立てている患者を5人も抱えてしまったら総合診療科は容易に破綻はたんしてしまう。



 次の問題として考えさせられたのは狭心症と心不全の関係だ。


 一般に心臓を扱う循環器内科は3つの部門に分かれ、それぞれの守備範囲の疾患を治療対象にしている。


 冠動脈の狭窄に対して主にカテーテル治療を行う虚血部門。

 弱ってきた心臓に対して薬物や補助心臓で治療を行う心不全部門。

 脈の乱れに対して薬物やカテーテルで治療を行う不整脈部門。


 ところが今回の伯父は虚血(狭心症)と心不全の両方に苦しめられていたんじゃないかと思う。

 つまり虚血が心不全を悪化させ、心不全が虚血を悪化させていたのではなかろうか。

 だから同じ循環器でも2つの部門にまたがっていたのかもしれない。

 この虚血と心不全の関係をもっとスッキリと理解したいものだとオレは思う。



 最後に考えさせられた問題が造影剤と気管支喘息の関係だ。


 伯父は気管支喘息があるので造影剤の使用を控えた。

 後で考えてみれば喘息発作ではなく狭心症発作だったのだから、造影剤を使うこともできたかもしれない。

 が、発作が出ていないにしても喘息持ちには違いないのだから、万一、造影剤使用で喘息の重積発作じゅうせきほっさなんかが起こったら目も当てられない。

 下手したらコード・ブルーだ、心肺蘇生だ、となってしまう。


 とはいえ、喘息患者といえども造影剤検査をしなくてはならない事はあるはず。

 そういう時にはどうすればいいのか?

 来たるべき日に備えて、オレも自分なりの対応策を明確にしておく必要がある。



 ということで、伯父の治療を通じてあれこれ考えさせられた。

 こういう難しい症例に対応しようと思うと、こちらも脳味噌のうみそを120%フル活用しなくてはならない。

 まあ、それが面白い所だとも言える。


 ある意味、オレにとってのオンラインゲームみたいなものかもしれない。


(発作の出る男シリーズ 完)


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