第615話 発作の出る男 2

(前回からの続き)


 日曜日の早朝、伯母さんから妻に電話があった。

 トイレの前で伯父が苦しんでいる、と。


 伯母が言うには……

 喉から始まった違和感が徐々に拡がり、胸全体にベニヤ板を入れられているみたいな気がする。

 顔には冷や汗がびっしょり、血圧も下がっている。

 どうしたらいいのか?


 そういう電話だった。


 横で電話を聴いていたオレも妻も直観的に思った。

 こいつは心臓だ!


 オレは直ちに自分の病院の心臓ホットラインに電話した。


「身内が急性心筋梗塞を発症みたいなんです。受け入れをお願いできますか?」


 焦りながら電話したオレに心臓当直は冷静に尋ねる。


「どんな症状でしょうか?」

「前胸部絞扼感です。今朝、トイレに行くときに喉の違和感があったそうなんですが、それが胸全体に拡がってベニヤ板を入れられたみたいな気がするって言っているんですよ」

「分かりました。どのくらいで来れますか?」

「今から救急車を手配するんで30分、いや40分くらいかかると思います」

「では準備してお待ちしています」


 オレの勤務する病院は市内の中央にあるが、伯父の家は郊外だ。

 だから高速道路を使ったとしても30分くらいはかかるだろう。


 次に伯父の家に近い消防に電話をかけた。


「火事ですか、救急ですか?」

「救急です」

「どういった症状でしょうか?」

「突然起こった前胸部絞扼感で心筋梗塞を疑います」

「えっ?」

「私は医師で、発症した伯父の代わりに電話させてもらっています」

「分かりました。住所は?」

「〇〇町✕-✕-✕のマンションの5階、✕✕号室です」

「伯父さんのお名前は●●さんでしょうか?」

「そうです」

「分かりました。すぐに向かいます」

「それで搬送先なんですが、私の勤務する△△病院に受け入れの了承を取っています。担当は循環器内科の震海しんかい甲造こうぞう先生です」


 ということで、すでに救急車が家に向かっていることを伯母に電話し直す。


「さっきまで胸を苦しがっていたんだけど、今は大丈夫なの。だから救急車を呼ぶなんて大袈裟な事してもらわなくても」

「何言ってるの、伯母さん。いくら元気でも救急車に乗ってちょうだい。もう行先も手配したんだから!」

「でも、こんなに元気な人間が救急車を使ったりしたら……」


 オレは横から妻の電話を奪った。


「それ、死にますよ! 何もなかったら笑い話ですませましょう。我々も自分の車で病院に向かいますから」

「分かりました。言うとおりにします」


 オレたちも急いで着替え、車にのって市内中心部の病院に向かった。

 幸い日曜日の早朝、道はガラガラだった。

 それでも30分はかかるだろうか。


 道中、伯母から電話が入った。

 が、聞こえてきたのは男性の声。


「こちら〇〇救急です。丸居先生でしょうか?」

「あっ、お世話になります」


 つまり救急隊が伯母の電話を使ってオレにかけてきたのだ。


「●●様ですが、救急隊が接触した時には再び胸痛が起こっていました。でも救急車収容時には軽快しています。現在、サチュレーションは98%、心電図モニターでST変化はみられません。予定通り△△病院に向かいます」

「ありがとうございます。我々も自分の車で病院に向かっているので、向こうでお会いしましょう」


 こちらも病院に向かっていると聞いたせいか、電話の向こうから救急隊のホッとした雰囲気が伝わってくる。

 救急隊としては、少なくとも梯子はしごを外される恐れはないわけだ。


(次回に続く)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る