第612話 血のとまらない男 4
(前回からの続き)
ひょっとしてここかな?
ICUに到着したオレは、いつも
椅子に座っていた作業服姿の小柄な男性が立ち上がる。
「
ああ、あの患者は
今、初めて知った。
「手術をした丸居です。どうぞお掛けください」
オレはホワイトボードに図を描きながら説明を始めた。
ちょうどレジデントとICUナースも小部屋に入ってきて
「
「ドーンと大きな音がしたので妹が見に行ったら倒れていたんだそうです」
患者本人と弟、妹の3人で一緒に住んでいるのだそうだ。
今朝、患者が自宅で倒れたときに、弟さんはすでに仕事に出かけていたのだとか。
「そうですか。倒れた時に頭を打ったのですね。ただ、運の悪いことに血をサラサラにする薬を2種類ものんでおられたんで」
「ええ、3年前に脳梗塞になってからのんでいるんですよ。だから担当の先生には怪我をしないように、ときつく言われていました」
ちゃんと注意しているとは、真面目な先生だ。
大体は黙って処方されていて、後始末だけこちらに回ってくる。
「あと、子供の頃に心臓の手術をされたんですか?」
「そうらしいんですけど、兄貴とは年が離れていまして、あまり
ファロー
「憶えているのは、親が兄貴にばかり構っていた事くらいです」
なるほど三兄弟の中でも障害を持った子供に手をかけざるを得なかったわけだ。
「実は手術中に心停止してしまいまして……今は戻ったんですけど、かなり状態は悪いです」
弟さんは驚く様子もなかった。
「最近は体調が悪かったのか歩くのもしんどそうで、よくこけていたんですよ。昨日もこけて頭を打っていました」
なるほど、かなり弱ってきていたのか。
「それで、今後の事なんですけど、おそらくは今日か明日になるかと……」
「分かりました。心積もりをしておきます」
理解のある弟さんで良かった。
この患者の運命は、受け入れざるを得ないものだ。
人の手でどうこうできるものではない。
オレは再び外来に戻って、ひたすら患者を
ようやく一段落つき、自分用の手術台帳に記録する。
患者の氏名、年齢、性別、ID番号、病名、手術名、術者、助手など、その場で記録しておかないとすぐに忘れてしまう。
ID番号を調べようとして電子カルテを開くと★マークとともに「死亡しています」と表示された。
死亡時刻は
オレが外来をやっている間に再び心停止し、レジデントが死亡確認したのだろう。
オレと患者との接点は、手術室での頭部の一部だけ、といってもいいくらいだ。
でも弟さんと話をすると急にこの患者の全人生が
オレにとっては平和な日常生活にいきなり降ってきた災厄ではあったけども、それでも皆で救命に力を
結果は残念だったが、手を尽くしたという感覚は残っている。
心から
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