第598話 食べない女 7

(前回からの続き)


いよいよサクラちゃん、入院!


摂食障害四天王の中でも最強と呼ばれたサクラちゃん。

彼女の入院にあたっては精神科外来主治医の葉加瀬直也はかせ なおや先生と総合診療科の入院主治医となる阿鱈椎造あたら しいぞう先生、そしてオレとの3人で治療方針を話し合った。

ちなみに総合診療科の外来主治医は安芸雷太あき らいた先生だが、週1回しか来院しない非常勤医が入院主治医になるわけにもいかない。


「こういう人って、30歳までに大半が治ってしまうんじゃないでしょうか?」


オレは以前からもっていた疑問を葉加瀬先生にぶつけた。


「8割は治りますね。でも、2割はずっと引きずってしまうんですよ」


でも、そういう人が長生きできるとは思えない。


「中には70歳まで生きる人もいますけど、多くが短命ですね」


オレの心を読んだのか、葉加瀬先生が先回りして答えてくれる。


「では多部内たべないサクラさんの場合はどうなんでしょう?」

「彼女ももうすぐ40歳ですから、あと何年もつかな」


精神科医にとっては、どこまでも他人事ひとごとのようにしか聞こえなかった。

もちろん、入院主治医になる阿鱈先生もサクラちゃんに入れ込む理由はない。

結局、輸血と電解質補正だけやって早々に帰ってもらうのがベスト、という方針に誰も異論を唱えなかった。


最もサクラちゃんに入れ込んでいるのは総合診療科外来主治医の安芸先生だ。

安芸先生にあれこれ言われないよう、彼の週1回の来院日の前に退院ということで皆の意見が一致した。



で、オレも入院したサクラさんの顔を見にいった。

顔は骸骨がいこつのようにせているが、意外にも我儘わがままではない。


「昼食は全部食べましたよ。少し足りないくらい」


えっ、それは本当か?

ベッド脇のゴミ箱をそれとなく見たが、食事を捨てている形跡もない。


後で阿鱈あたら先生に聞くと「利尿剤りにょうざいをよこせ、下剤をよこせ」と激しく主張されたのだそうだ。

つまり、食べないのでも吐くのでもなく、出していたのだ。


なるほど、数年前に比べてパワーアップしていたわけだ。

つまり食べることを拒否するとか、食べては吐くというのはまだまだ素人しろうと

サクラちゃんクラスになると普通に食べた上で、それを尿やら便やらで出してしまうという高等技を使っているわけか。


彼女が入院していたのはわずか2泊3日。

その間に8単位の輸血と電解質補正を行った。

幸い、大きく体調を崩すこともなく、むしろ眩暈めまいが改善して退院した。


が、病棟ナースとの間の軋轢あつれきが大変だったみたいだ。

カルテに記録されているトラブルだけでも尋常な量ではない。

処方された薬をのまなかったり、院内コンビニでおやつを買ったり、言うことを全く守らない。

「もう、あの人はそんなもんだろう」と思っているのは医師側だけで、看護師たちは律儀に薬をのませようとしたり、捕食は禁止だと説教したりでサクラちゃんと正面から衝突していた。

そのたびに院内PHSが鳴る阿鱈先生は仕事にならない。


「もう、ああいう人の入院は専門病院にお願いするしかないんじゃないでしょうか」


そう言いながら阿鱈先生は弱りきっていた。


結局、担当の医師だけでなく、看護スタッフにも患者との距離感が求められる、という大きな教訓を残してサクラちゃんは去っていった。


要するに、彼女に入れ込みすぎてはダメだってことだ。


今後の彼女がどうなっていくのか?

さらに言えば、彼女の治療にかかわっている総合診療科はどうすべきか。


あまり先の事を考えても気が重くなるだけだ。

今日と明日の事だけを考えよう。


「あまり先の事を考えるな」って、オレがいつも患者にしているアドバイスじゃん!


(食べない女シリーズ 完結)

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