第596話 食べない女 5

(前回からの続き)


 ただ、オレの采配さいはい総合診療科そうしんの中からも異論が出た。


「前に取り決めをした通り、肺炎当番表に従って他の内科系に担当してもらってもいいんじゃないでしょうか?」


 そう言う者もいた。

 確かに一理ある。


「摂食障害なんだから精神科が主科になるべきじゃないですか!」


 おっしゃる通り。


 しかし、道理が引っ込み無理が通るのがこの世界。

 目先の損得にとらわれてはならない。


 自分のところでフォローしている患者を別のどこかに押し付けてしまったら、当該診療科だけじゃなく、内科系7科全体からブーイングを食らってしまう。

 兼任けんにんと非常勤ばかりの総合診療科が、総勢80人以上の内科系7科に太刀打たちうちできるはずもない。


 それよりはサクラちゃんを担当することが、あらゆる厄介事やっかいごとを避ける時の免罪符めんざいふになる。


 もし「肺炎担当表に入ってないからといって総合診療科そうしんが摂食障害を担当しないのはおかしいと思います」と他の内科医に言われたら、「ですから、肺炎担当表とは別に多部内たべないサクラさんの入院を担当させてもらっていますが、何か?」と返すことができる。


 さらに「それとも多部内たべないさんを肺炎担当表にお返ししましょうか? 前回は措置入院そちにゅういん余所よそに引き取ってもらいましたが、毎回うまく行くとは限りませんよ」と追い打ちをかけてやろう。


 つまり、サクラちゃん1人を担当することによって、他の摂食障害患者をないことを正当化するわけ。


 とはいえ、摂食障害ファミリーのラスボスともいうべきサクラちゃんの治療が前途多難である事は間違いない。

 彼女を阿鱈あたら先生と研修医の壱念いちねんくんに押し付けてそれで良し、とするのはオレも抵抗がある。


 総合診療科そうしんでの入院治療にあたっては、あらかじめ出来る限りの対策を取っておこう。


(次回に続く)

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