第595話 食べない女 4

(前回からの続き)


 それはサクラちゃんだ。


 彼女はフルネームを多部内たべないサクラといい摂食障害四天王せっしょくしょうがいしてんのうの中でも最強との呼び声が高い。

 思春期なんかとうに過ぎたオバさんなのにまだ摂食障害を続けているところからも並大抵の手強てごわさでないことが分かる。


 前回入院時にはあまりにも大暴れして治療に抵抗するので、とうとう簀巻すまきにして連れ去られた。

 行先は他院の隔離病棟だ。

 名目は措置入院そちにゅういんだったか医療保護入院だったか、オレもその辺は詳しくない。


 しかし彼女は我々の予想を超えてタフだった。

 何をどうやったら退院できたのか、いつの間にか娑婆しゃばに戻って総合診療科そうしんの外来に通っている。

 総合診療科外来の担当は非常勤の安芸雷太あき らいた先生。

 本来なら精神科外来に通院すべきところ「身体的にも重症なので」と言葉巧みに総合診療科にも外来診療を押し付けられてしまったのだ。


 かくして精神科では心のケアをする一方、総合診療科では安芸先生が採血結果を見ては頭を悩ませる日々が続く。


 当のサクラちゃんは断食だんじき生活をエンジョイし、ついにもう限界、入院治療が必要だというところまで悪化してしまった。

 安芸あき先生の必死の形相とは対照的にサクラちゃんの表情に危機感は全くない。


 で、この入院治療の主治医を何科の誰がやるのか、というのが問題だ。


 肺炎当番表に従って内科系7科のどこかが担当するという事も考えられる。

 しかし総合診療科でずっとフォローしてきた以上、当方が主治医となるのがスジというもの。


 数年ぶりの摂食障害せっしょくしょうがいの入院治療、総合診療科そうしんの中でも「そんなの無理です。たことありません」という声が相次いだ。

 が、誰も診た事が無い、誰も診たくない疾患を担当するのが総合診療科。


 オレは新しく総合診療科に加わった消化器内科医の阿鱈椎造あたら しいぞう先生を指名した。

 食べないというのもある意味では消化器の問題ともいえるわけだし。


「ちょうど研修医の壱念いちねん先生が受け持ちゼロだから一緒に診てくれる?」

「えっ、ええ」


 阿鱈あたら先生の顔に斜線が入る。


「リフィーディング症候群は経験あるかな」

「何例かは担当した事がありますけど」

「それと同じで、低リン血症に注意しながらカロリーアップを図ったらいいから」


 簡単そうに言ったが、オレだって経験豊富っていうわけではない。

 というか、むしろ阿鱈先生の方が良く知っているんじゃないかと思う。


 が、誰も診ようとしない疾患を引き受けるのこそが総合診療科の真骨頂しんこっちょう


「100点満点をねらう必要ないから、60点取ったら合格だと思って頑張ってよ」

「はあ」


 オレの励ましも阿鱈先生の落ち込みには無力のようだった。


(次回に続く)


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