第594話 食べない女 3

(前回からの続き) 


 4~5年の間だろうか。

 摂食障害せっしょくしょうがい患者の入院がパタッと止まった。


 が、新しく常勤で赴任ふにんした精神科医の専門が摂食障害だった。


 この先生の名声を頼って、あちこちから摂食障害患者が紹介されてくる。

 紹介という名の押し付けだったのかもしれない。


 外来患者数が増えるにつれ、入院を必要とする症例もポツポツ出て来るようになった。

 しかし、以前のように「総合診療科そうしんでの入院、お願いしまーす。心のケアはこっちでやりますんで」と頼まれて「まかせてください」と言うわけにはいかない。

 オレは総診の崩壊を避けるために「できれば院内の皆で応分おうぶんの負担ということにしましょうよ」と主張し続けた。

 結局、内科系連絡会で、入院が必要になった患者は内科系7科が肺炎当番表に従って持ち回りで担当する、ということになった。


 本来、内科系は総合診療科を含む8科だ。

 でも、何故か総診は肺炎当番表には入っていない。

 ということは摂食障害の担当をのがれることができる。

 オレは肺炎当番表に総合診療科が入っていないことをえて指摘しなかった。

 幸い、関係者の誰も気づいていない。


 数年前、たった3~4人の摂食障害患者によって総合診療科自体が崩壊の危機にひんした事を、そしてナイスガイ精神科医の当事者意識が皆無であった事を、内科系7科の医師たちは知らなかった。

 だから摂食障害患者の入院治療も新たな局面を迎えた、とも言える。


 事情を知らない内科医たちは言いたい放題だ。


「我々はどの程度やったらいいのでしょうか」

「点滴が抜けたら精神科の先生が入れてくれるんですか」

「摂取カロリーの目標値なんかは精神科の指示があるんですよね」


 皆さん無邪気な事で。

 摂食障害の恐ろしさ、精神科医の手強てごわさを全く理解していない質問が続く。

 オレは思わず心の中でつぶやいてしまう。


 どの程度って、全部に決まっているだろ。

 点滴が抜けても精神科の先生は何もしないよ。

 摂取カロリーって、そんな概念が精神科にあるはずねえだろ。


 でも内科医たちの勢いは衰えない。

 ばかりか、リンだけじゃなくてマグネシウムもカリウムも不足するんだとか、ビタミンB1も不足している可能性が大きいとか。

 オレの知らない小難こむずかしい事を議論している。


 やはりもち餅屋もちや

 今後の摂食障害患者は内科の先生方にお任せしよう。

 総合診療科は力が及ばなくて……すみませんねえ。


 そう勝手に算盤そろばんをはじいていたら、思わぬ誤算があった。


(次回に続く)


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