第587話 プレゼンする男 1

「入院中の片貝かたがいタイさん、82歳の女性ですが、昨日から左肩が痛くなってきまして」


 総診のカンファレンスでプレゼンを始めたのは初期研修医の清家郁三せいけいくぞう先生だ。


「鑑別疾患として、整形外科的な疾患として骨折、肩関節周囲炎かたかんせつしゅういえん、腱板断裂、石灰沈着性腱板炎せっかいちんちゃくせいけんばんえん、変形性肩関節症、肩関節脱臼、化膿性関節炎などがあり……」


 なかなか良く勉強しているじゃないか。

 ちなみに肩関節周囲炎というのは五十肩の事だ。


「整形外科以外の疾患としては、急性心筋梗塞や急性大動脈解離、リウマチ性多発筋痛症、関節リウマチ、肺癌などが考えられます」


 肩の痛い内科疾患の中に命にかかわるものがある。

 急性心筋梗塞や急性大動脈解離だ。


「じゃあ片貝さんの場合は整形外科疾患かそうじゃないか、どっちだと先生は思う?」

「整形外科疾患だと思います」

「その根拠は?」

万歳ばんざいをしてもらおうとしても、左肩が痛くて上がらないからです」


 こういうのは医学的な用語でビシッと表現してもらいたいところ。


疼痛とうつうのために上肢じょうし挙上きょじょうできないって事かな?」

「あっ、そ、そうです」


 もう少し短く表現してもらおう。


「つまり肩の動作時痛どうさじつうがあるってことだ」


 文字通り命取りになる急性心筋梗塞や急性大動脈解離はよく五十肩に間違えられる。

 うっかり湿布だけ貼って帰したら、その次には心肺停止状態での来院だ。

 が、こういう内臓疾患は肩に痛みが張り付いた状態であり、動作によって増悪ぞうあくすることはない。

 だから患者の腕をつかんで上に持ち上げようとしたときに「痛てててて」と言われたら、とりあえず安心できる。


 それはそうとして、研修医の清家くんは、1つ1つの疾患の鑑別に入った。

 つまり、「骨折についてはレントゲンで骨折線を指摘できないので、その可能性は低いと思いますが、CT撮影をするともしかするとヒビが入っているかも……」みたいな事を語り始めたのだ。

 これではいくら時間があっても足りない。


「それはもういいから、ズバリ先生の診断は何?」

「えっと、石灰沈着性腱板炎せっかいちんちゃくせいけんばんえんではないかと思います」

「その根拠は? 手短かに頼むぞ」

「レントゲンを撮影した時に石灰化のようなものがみられるので……」


 それとともにレントゲン写真がモニターに写し出された。

 確かに上腕骨頭を囲むように白い線が見える。


「整形外科は受診したのか?」

「実はまだレントゲンの読影所見がついていなくて」


 読影所見というのは放射線科医がレントゲン写真をみてどこに異常がありどのような種類の病変であるかを文章で述べるものだ。


「そんなもん、読影所見なんかなくても整形外科医だったら自分で判断するだろう」

「そう……なんですか」

「一刻も早くてもらって何とかしろよ」


 こうしている間にも患者は痛がっているのだから、鎮痛剤なり湿布なり、ひょっとして肩関節穿刺のような荒業あらわざなり、とにかく患者の苦痛をとってやる必要がある。


「でも、診察時間外なので」


 どこまでも清家くんは弱気だ。

 まあ卒後数ヵ月の研修医なんてこんなモンだろう。

 スレてないのはいいが、四方八方に遠慮しすぎて仕事が遅い。


「あのなあ、自分が痛くないからって後回しにしているのか?」

「そ、そんなつもりはありません」

「なら、今すぐ整形外科に診察を頼めよ!」


 診察時間を過ぎているから、といって遠慮する清家くんにオレはとっておきの秘策を教えることにした。


「診察時間外でも整形外科の先生が喜んでてくれる方法があるんだけどな」

「えっ、どうやったらいいんですか?」

「知りたいか」

「ぜひ教えてください!」


 そこでオレは研修医が知っておくべき魔法の言葉を伝授することにした。


(以下、次回に続く)

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