第588話 プレゼンする男 2

(前回からの続き)


 オレは研修医の清家せいけくんに魔法の言葉を伝授することにした。

 彼が診察時間外であることを理由に整形外科にコンサルする事をしぶっていたからだ。


「いいか。『僕は整形外科に行こうと思っています。整形外科に興味があるので、この患者さんについて教えてください』と言えば一発よ」


 清家くんは複雑な表情を浮かべた。


「あの、僕は内科系、できたら消化器内科か循環器内科に行こうと思っているんですけど」


 1年目の研修医とはいえ、心の中では漠然ばくぜんと考えている進路があることと思う。

 まあ高校進学時の部活動の勧誘を思い出したら分かりやすい。

「中学からやってきた卓球部にしようか、バドミントン部もいいかも」と思っていたら、いきなりアイスホッケー部に勧誘されたみたいなもんだ。


「先生の心の中には整形外科に行こうという気が1ミリもないのか?」

「あまり考えた事がない……ですね」


 正直な奴だ、全く。


「じゃあ整形外科医に相談する時に『オレ、整形外科は全く興味ないんすけど、患者が肩の痛みを訴えているんで、ちょっと診てやってくれませんかね』とでも言うわけ?」

「いや、そんな。滅相めっそうもないです」


 そんな事を本当に言ったら殺される。

 少なくとも机の上に置いてある打腱器ハンマーで殴られるくらいの事は覚悟しておいた方がいい。


「なら『整形外科って面白いですね、奥が深いですね』と言ってあげた方が、相手も気分がいいだろう」

「それはそうなんですけど。あまり心にもい事を言うのもどうかと」

「分からんぞ。ひょっとして『整形外科に来るんか。なら教えてやるから肩関節の穿刺吸引せんしきゅういんやってみろ』とか言われてさ。1発目で綺麗に吸引できて片貝かたがいさんにも『楽になったわ、先生ありがとう!』とか喜ばれるかもしれんぞ」

「いやいや、そんな事はあり得ないです」

「それで『ひょっとして先生は整形外科の素養そようがあるんじゃないか?』とか言われて覚醒かくせいするわけよ。スーパー整形外科医として」

「やめて下さいよ。ラノベですか、それ」


 研修医の使える魔法の言葉、そして研修医しか使えない秘伝の言葉。

 それは「僕は〇〇科に行こうと思います、教えてください」というものだ。

 どの診療科も慢性的に人手不足に悩んでいるから、若きちからは大歓迎される。


「とにかくな、片貝かたがいタイちゃんが『清家せいけ先生、お願い。何とかして~』と言っているわけだから、今日中に何とかしてやれよ」

「分かりました」


 ということで彼のプレゼンは終了した。


 実は石灰沈着性腱板炎せっかいちんちゃくせいけんばんえんについては、オレ自身にも思い出がある。

 ちょっと恥ずかしい失敗談だ。


 ちょうどいい機会なので、その経験について、カンファレンスで皆に披露ひろうすることにした。


(次回に続く)

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