第578話 思い出を共有する男
3月末に並んで9月末も別れの季節。
今回去るのはレジデントの
初期研修医の2年間と脳外科レジデントの2年半を当院で過ごした。
皆で集まって送別会となるとどうしても話題は苦労話になる。
「何と言っても忘れられないのは去年のクリスマス・イブの当直です」
そう語り始めるなり、スタッフの
「あれは、俺も忘れられんぞ。こいつに呼び出されて夜中に急性硬膜外血腫の手術をやって家に帰ったのが午前2時だ」
ここまでは普通の脳外科当直、いや宅直だな。
「それで風呂に入って寝ようと思ったら携帯が鳴って」
一同、その先は言われなくても読めている。
「『すみません。小脳出血が来てしまいました』って。それでまた病院に行くことになっちまったんだ」
送別会の席でも汐先くんは謝っている。
「何が辛いって、クリスマス・イブだぞ。麻酔科医も
たまたまの巡りあわせか、何らかの必然性があったのか。
いずれにしても、汐先くんの責任でないのは確かだ。
「もう何の潤いもない手術室で吐きそうになりながら開頭する羽目になって」
もう汐先くんは謝るしかない。
「でも、お二人とも元気になって帰ってくれましたんで……」
急性硬膜外血腫にしても小脳出血にしても、いいタイミングで手術することができれば全く後遺症なく回復する。
確か、昔の日本医師会長も小脳出血でしばらく入院していたが、何事もなかったかのように復帰していた。
「でも、先生がクリスマス・イブに呼び出したりするから、荒尾先生はいつまでたっても独身なんじゃないか!」
オレは汐先くんにそう言ってやった。
「こうなったらアレだ。『荒尾先生が結婚するまで僕は独身を貫きます』とか宣言したらどうかな」
これは案外いい考えかもしれない。
それにしてもクソ忙しい脳外科生活の中、皆どうやって相手を見つけているのだろうか。
それぞれ知らないうちに身を固めている。
やはり若者パワーというしかないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます