第575話 断らない救急の男
ワーキンググループの会議は白熱した。
「断らない救急」を実現させたい院長の意向で、上は診療局長や看護部長から下は夜間救急担当の研修医まで10数人が集められたのだ。
「そもそも『断らない救急』の真意ってのは何でしょうか」
オレは皆に尋ねた。
「どんな患者にも対応して地域の信頼を得るのか、救急を通じて入院患者数を増やそうとするのか。どっちなんですかね?」
看護部長が答える。
「応需率よりも応需件数、つまり入院患者数ですね、大切なのは」
この発言に業務班長が突っ込む。
「院長先生の方針で応需件数は増えているのですが、救急外来からの入院患者数は頭打ちなんですよ」
救急車は沢山来るのに入院に繋がっていないという事だ。
誰かが尋ねる。
「それは満床だから入れられないってこと?」
業務班長は
「それだったらいいんですけど、いつも病床の空きが目立っていますね」
オレは再び発言する。
「出席者の皆で共通認識を持たないと議論が進まないと思うのですけど。私が考えるに『断らない救急』のメッセージは『もっと入院患者を増やしてくれ』ということですかね」
「そうなんです!」
看護部長と業務班長が同時に叫んだ。
「さらに言うと『収益を増やしてくれ』ということですよね。応需率は同じでも収益が増えればいいんでしょ?」
何か秘策でもあるのか、と皆がオレの顔を見る。
「いいですか、皆さん。
そんなもん、誰がどう考えたって敗血症の方が重症だ。
でも、オレの質問の流れからするとひょっとして……
「お察しの通り、今にも死にそうな敗血症の方が、放っておいても勝手に治る急性アルコール中毒より低いんですよ」
そんな馬鹿な、という表情が出席者に浮かぶ。
「初日の点数に限っていえば、敗血症が3,061点に対し急性アルコール中毒は3,762点です」
オレは手元のメモを読み上げる。
「ついでに、良性発作性頭位めまいは3,723点、頭部打撲は3,991点です。どちらも医療行為らしいことは何も要りません。医学的には帰宅させてもいいのですが『御心配なら1泊だけでも経過観察入院ということにしておきましょうか』と親切に言ってあげるだけでチャリン、チャリンとお金が入ってくるわけですから、これを利用しない手はありません」
一同、感心して頷いている。
「ちなみに細菌性肺炎は2,939点、尿路感染症は2,908点です。どうして不当に低い点数がついているんでしょうかね」
医学的な重症度と診療点数は必ずしも比例しない。
それを利用して、効率的に病院の収益を増やそうというのだ。
「あと、1泊2日の入院だと2日分の診療報酬が算定できます。病院とホテルの違うところですね。ですから午後11時に来た患者さんの場合、入院が必要そうなら救急外来で引っ張ってはなりません。午前0時になる前に入院させましょう」
オレを見つめる皆の尊敬のまなざしが次第に曇っていく。
「このオッサン、
いやいやいや。
夜中の忙しい救急外来で無理して急患を取るよりは、すでに来てしまった患者から診療報酬をいただくってのが、オレたち勤務医のあるべき姿だ。
それが分からない奴は開業して自分でやってみろ。
そもそも赤字病院の職員に発言権はない!
少なくともオレはそう思う。
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