第572話 化粧する女

 ある日の夕方。

 オレは病棟の休憩スペースでボーッとしていた。

 ふと前に座ったナースの顔に違和感を覚える。


「れれっ? 今日は化粧が濃くないかな」


 思った事がそのまま口から出てしまった。


「何かあったわけ、お見合いとか?」


 昼間にお見合いをしてそのまま夜勤入り……

 そんな事があるのかどうか分からないけど。


 そしたら彼女に予想外の言葉を聞かされた。


「警察に行ってきたんですよ」

「えええーっ! 何じゃ、それ」


 お見合いじゃなくて、警察か。

 どう転んでも楽しい話ではなさそうだな。


 彼女の話はこうだ。


 高速道路で車を運転していた時に目の前で「バシッ」と赤いフラッシュのようなものが光った。

「しまった!」と思ったが「隣の車に光ったのかもしれないし」と自らに言い聞かせていたそうだ。

 でも、光ったのはやはり自分の車だったということが判明する。

 なぜなら、10日ほどして警察から出頭通知書というお手紙が来たからだ。


 それで今日はばっちりメイクを決めて警察に出頭したというわけ。

 その神経が分からん、というか……


「憎たらしい相手に会うんだから化粧なんかせずに『スッピン食らえ!』ってやってきたら良かったのに」


 警察に行くためにわざわざ化粧するというのが理解できない。

 が、オレの提案はたちまち却下された。


「何てこと言うんですか!」


 それにしてもオービスでやられたら罰金や免停期間はどのくらいになるのだろうか?

 警察で犯罪者扱いされたりしたら辛いな。

 オレ自身が経験したことないので見当もつかない。


 そう言えば、オレは1度だけ青空駐車で赤切符を切られた事がある。

 その時に出頭したのは、確か地方検察庁だった。

 犯罪者扱いされたかというと、そんなことはない。

 オレの担当者は丁寧な対応だった。


 しかし、他に来ていた数十人ほどの連中は間違いなく犯罪者たちだ。

 なんせガラが悪い。

 何が気に入らないのか、検察庁の担当者に怒鳴っている奴もいた。

「こんな人達と同じカテゴリーに入れられたのか!」と思ったオレは二度と青空駐車はするまい、と誓った。



 話をオービスに戻す。


「それで、警察はどうだった?」


 怖そうなオッサンに取り調べとやらを受けたのか、調書を取られたのか?

 罰金はいくら払う事になったのか。

 興味は尽きない。


「オービスの写真を見せられたんですけど、ポーッとした表情で写っていて。私ってこんな間抜けな顔をしてたのかと思ったら、もう情けなくって……」


 そっちですか!


 化粧したり、写真に文句つけたり。

 とてもじゃないが、オレには理解できそうにない。

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