第569話 放火した男

 多くの人を殺した放火事件の裁判。

 被告人の言い分は、自分の書いた小説の内容をパクられたので火をつけてやった、というものだ。

 自らも全身熱傷になりながら、彼は奇跡的に生き延びることができた。


 その裁判で検察官が証拠として示したのは録音だ。

 法廷内に明瞭な声が響く。


 検察官が、あるプロ編集者に被告人の小説を講評してもらったのだ。

 もちろん編集者には作者が誰だかは伏せている。


「うーん、真剣に読ませていただきましたが」


 慎重に言葉を選んで、編集者が語り始めた。


「これ、本当の事を言っていいんですよね」

「もちろんです」

「あの、小説のていをなしていないというか。はっきり申し上げて中学生の作文でも、もう少しマシなレベルではないかと」


 編集者は遠慮がちにしゃべっているが中身は辛辣しんらつだ。


「なるほど。具体的にどういったところが良くないのでしょうか?」

「まず短すぎる。コンテストの応募要項が原稿用紙で100~150枚とあるのに、これは30枚そこそこですよね」

「ええ、27枚です」

「そもそも選考対象にならないと思いますよ」


 そう言いながら編集者は溜息ためいきを漏らした。


「短すぎるということには目をつぶって内容を読んでみたのですが、一言でいって退屈です」

「どのように退屈なのでしょうか?」

「登場人物が2人しかいない。主人公を入れても3人ですよ。これでは小説の世界の広がりを感じ取ることはできませんね」

「確かに、私も読んでいてそんな気がしました」

「もしかして作者はボッチの中学生ですか?」

「いえ、若い男性の社会人です」

「この人、現実社会でも友達がいないんじゃないですかね」


 法廷中の誰もが、被告人の顔を伺う。

 顔面まで及んでいる皮膚移植のせいで、彼は無表情のままだ。

 が、被告人が全身を固くしたのは分かった。


「それにひとりよがりが目立ちますね。極端な話、世の中の出来事をすべて自分を含めた3人の登場人物だけで解釈してしまっているところが……何というか、痛いです」

「痛いですか」

「痛いというのがピッタリですね」


 まるで自分の事を言われているみたいな気がするのか、傍聴人の中には赤面して顔を伏せてしまった者もいた。



 次に登場した録音は出版社に勤務する検察官の高校時代の友人だ。


「どお、検察官ってのも忙しいんだろ、安月給なのに」


 法廷中に忍び笑いが広がる。


「それより、読んでくれた? この小説」

「ああ読んだよ、お前の頼みだからな。一応、これも小説って事になるのかな」

「少なくとも小説コンテストの応募作品だ」

「そうか。ダメだな、こりゃ」


 一言のもとに斬り捨てられた。


「どこがダメかな、具体的に言ってもらえる?」

「逆にさ、どっか良い所あるの? 読むのが苦痛だったよ、俺の時間を返せって言いたかったね」

「作者は盗作をされたと言ってるんだけど」


 検察官はズバリと訊いた。


「それは逆だろ。色んなラノベのつぎはぎだな、なんか既視感があると思ったよ」

「つまりこの小説が盗作されたのではなく、この小説が盗作したってこと?」

「盗作とまでは言わないけど、オリジナリティが全く感じられないな」

「作者は『涼宮ハルヒの憂鬱』に触発されたと言ってるんだけど」


「涼宮ハルヒの憂鬱」というアニメに感動して小説を書き始めた、と被告人が言っている事を受けて検察官が尋ねたのだ。


「なるほど! どっかで見たことがあるような気がすると思ったけど涼宮ハルヒね。あれを読んで自分でも書いてみましたってわけか」

「この人、これからプロの作家を目指すからアドバイスしてくれって言われたらどうする?」

「無理無理、勘弁してくれよ。それだったら犬に物理学を教えた方がまだマシだ」


 同級生の気安さか言いたい放題だった。



「異議あり! 被告人の行為と小説の出来不出来には何の関連もありません」

「異議を認めます」


 弁護人から異議が申し立てられ、裁判長に認められた。


「では別の録音をお示しします。被告人の書いた小説を朗読したものですが、10分少々なので皆さんのお時間をとらせないかと……」

「異議あり。たった今、小説の出来不出来とは関係ないと申し上げた通りです。被告人に屈辱を与えて何の意味があるんですか!」


 再び弁護人から異議の申し立てがあった。


「録音を再生する前から『異議あり』と言われましても困りますねえ。それに屈辱とおっしゃいましたが、ひょっとして法廷中を感動させるかもしれませんよ」


 検察官は苦笑いしている。


「証拠として採用するか否かは内容を聴いてから決めてもいいんじゃないですか」


 どんな「小説」なのか、裁判長も興味津々のようだ。


「もうやめてくれよ! 皆でよってたかってバカにしやがって」


 自らを待ち受ける嘲笑を感じ取ったのか、被告人は泣き始めた。



 ……ふと気づくとオレは布団の中にいた。

 まだ、外は暗い。

 とはいえ、そろそろ出勤の準備が必要だ。


 それにしてもリアルな夢だったな。

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