第564話 「響」を読む男 2

 第553話、「『ひびき』を読む男」で、オレは漫画の「響~小説家になる方法~」の面白さを語った。

 おそらく作者の柳本光晴やなもとみつはる氏は主人公の鮎喰響あくいひびきに自分自身を投影したのであろう。

 そして、この漫画を通してモノを創ることの喜びや苦しみを表現したのだと思う。


 たしかに響は個性的だし、相棒的存在である祖父江そぶえリカも重要な役割を演じている。

 しかし、キャラとして圧倒的に面白いのは、途中から出て来る阿保あほギャル2人組ではなかろうか。


 この2人、名前は宇佐美典子うさみのりこ由良ゆらかなえ。

 響たちが2年生になったときに、文芸部の新入部員として登場する。

 当初は場違いすぎる発言に読者として違和感しか感じなかった。


 が、よく読むとこの2人のセリフの無茶苦茶ぶりがかえって面白い。


 まず、ガラの悪い男子新入生と響が喧嘩した時の事。

 この不良、いきなり響に目つぶしを食らった上にマウントポジションをとられて首を絞められてしまう。


 その一部始終を目撃してしまった阿保ギャルたち。

 思った事がそのまま口から出てくる。


「おいヤンキー、とりあえず謝っとけ!」

「謝ったら許すってよ!」


「阿保ギャル」とかオレが勝手に命名してしまったけど、舞台になっている北瀬戸高校は神奈川県の公立進学校という事になっている。

 ということはヤンキーも阿保ギャルたちも、それぞれの中学校で上位の成績を取っていたのだろう。

 秀才と不良が混在する設定っておかしいだろ、という突っ込みもあるかもしれない。

 が、地方の公立進学校出身のオレに言わせれば、これはあり得る。


 東大に現役合格した同級生がいる一方、ヤンキーも阿保ギャルもちゃんといた。

 当時はそういう呼称ではなかったけど。

 単にその割合が一般社会に比べて極端に少なかっただけだ。

 何の間違いか、試験の成績の良い不良中学生ってのも実在しているって事だな。


 それはともかくとして。


 以下、宇佐美典子と由良かなえの名セリフ、名語録を並べてみる。


 先のヤンキーに威圧された時の事。


「うっわ、こえー!」

「ヤベーこれ屈するしかねーじゃん!」


 本当に頭の中の考えがそのまま口をついて出て来るみたいだ。


 また、高校生にして小説家デビューしていた祖父江リカに初めて会ったときの事。


「すっげー! モノホンのちゃんリカだー!」

「うっわ、かわいー!」

「私、『四季降る塔』読んでー、超感動したんスよー!」

「私も私も! うわー超ヤバい! プロの本物の小説家とか初めて見た!」


 もうアホウぶり全開だ。


 そして祖父江リカの別荘での文芸部の合宿をした時のこと。

 典子とかなえは川に遊びにいった。


「カナチン、魚いるよ魚!」

「マジで!? 晩ご飯になるんじゃん?」

「おっしゃー、ゲットだぜー!!」

「うわあ! わー!! ぬるってした! 超キメー!」


 普通、こういう人たちって我々の周囲にあまりいないと思うんだけど。

 こんなセリフってどうやってサンプリングするのかね、作者は。


 とりあえず「ヤバい」「かわいー」「キモい」「ありえねー」くらいをしゃべらせておけばいいのかもしれない。


 キャラを立てるというのはこういう事か。


 いやはや勉強になります、柳本光晴先生。

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