第563話 台湾で感心した女

「パイナップルを食べると当直が荒れる」


 そんな言い伝えがあるそうだ。

 数年前、台湾の病院で講演をした妻が、現地の医師から聞いたジンクスだ。

 その病院、周囲は見渡す限りのパイナップル畑。


「荒れる」という意味を分かりやすく説明すると……

 救急外来にやってくる患者が途切れない。

 その一方、病棟の入院患者が急変する。

 朝まで一睡もできないと思っていたら、明け方に大きな交通事故があって複数の重傷患者が搬入された。

 そんな感じだろうか。


 当直なんてものは平穏に終わるにこしたことはない。

 日本でも台湾でも当直担当医の考えることは全く同じだ。


 あれから数年……


 この度、妻は台湾に再び招かれて講演することになった。

 聴衆は必ずしも英語が得意ではないので、中英同時通訳が入る。

 専門的な話になると、いかにプロの同時通訳者でも半端はんぱないプレッシャーがかかる。

 だから日本で同時通訳を依頼すると「あらかじめスライドを見せてくれ、原稿を渡してくれ」と頼まれることが多い。

 そんなもんだろう、と思っていたら台湾では違っていた。

 何の準備もしていない同時通訳者がブラッとやってきたそうだ。


 そして見事な同時通訳をしてみせてくれた。

 妻の英語を即座に中国語に、そして聴衆からの中国語の質問を正確な英語にする。

 もちろん中国語で何を言っているのかは分からないが、英語を聴くかぎり「あんた、何者だ!」と言いたくなるくらい鮮やかだったそうだ。


 いやはや世界は広い!


 さて、講演会の後、現地の医師が母校である国立台湾大学を案内してくれたそうだ。


 台北タイペイ市中心部の一等地に広大なキャンパスがある。

 1928年、当時の日本政府が設立した台北タイペイ帝国大学に端を発する。

 台湾の中でも国立台湾大学は自他ともに認めるトップ中のトップだ。


 日本ではよく七帝大といわれるが、実際には京城ソウル台北タイペイをあわせて九帝大というのが正しい。

 京城は6番目、台北は7番目の帝国大学で、阪大や名大より先にできた。


 だから国立台湾大学は台北帝国大学の流れを汲む由緒ある大学だというのが台湾人の誇りだ。

 現地の人たちが大切に育てた結果、贅沢な敷地と立派な建物からなる大学に成長し、ついにはノーベル賞受賞者まで輩出した。

 学問に没頭するためにはそれに相応しい環境も大切だ、と妻は思わされたそうだ。



「パイナップルの話には続きがある」


 現地の医師が今回の講演会の後で語った。

 本当にパイナップルを食べると当直が荒れるのか、それを調べた研究があるのだそうだ。

 その論文によれば、パイナップルと当直の忙しさには何の関係もなかったのだとか。


 当然といえば当然の結果だけど、そんなジンクスの真偽を本気で検証する人もいるわけだ。

 改めて「世界は広い」と思わされた。



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