第560話 ムキになる男

「局所に違和感があって泌尿器科を受診したいということは、どこかヘンな所で病気をもらったんじゃないかと心配なんですかね」

「いやいや、そんなことないです。そっちの方はもう引退しましたよ」


 そう言って、脳外科外来でオレに抗議してきたのは65歳の男性。

 名前を右京重夫うきょうしげおという。

 この患者、これといった病気があるというわけではないが、年に4~5回やってくる。

 今回は薬を早めに出してくれということで来院したが、メインの用事は泌尿器科に紹介して欲しいということのようだ。


 オレの経験では泌尿器科受診を希望する男性患者の8割は性病を心配してのことだ、明言はしないけど。

 だから受診目的をはっきりさせるべく、オレは心当たりを尋ねることにしている。


「右京さんが女性関係で活躍していたのはもっと以前でしたか?」

「誰がそんな事を言ってるんですか!」

「別れた奥さんからいつも聞かされていますよ」



 実はこの患者の別れた奥さんもオレの外来に通院している。

 そこで、元亭主の色々な不品行を聞かされた。


「やけに熱心に子供の保育園の送り迎えをしていると思ったらママ友と出来ていたんですよ。先生、どう思います?」


 この場合、ママ友というべきなのかどうなのか。


「それにね、他でも浮気をしていると思ったら、相手は私より年上だったんです。悔しい!」


 いつも奥さんの方から話を聞いていると、どうしても影響されてしまう。

 オレの頭の中では浮気ばかりしていたダメ亭主の姿が出来上がってしまっていた。



「あいつこそ、書道教室の先生といい仲になって」

「そうなんですか!」

「それで別れたんですよ。先生も一方ばかりじゃなくて両方の話を聞いてください」


 右京氏の方にも言い分はあるようだ。


「僕はね、許されない浮気はしていませんから!」

「えっ? 許される浮気ってのもあるんですか」


 オレはすかさず突っ込んでしまった。

 右京氏は許される浮気について力説する。


「いやね、別居している時とかは色々あっても仕方ないでしょう」

「事実上、独身ですからね」

「そうそう! 先生だって遊んだ事はあるんじゃないですか?」

「無いですね」

「1回も?」

「結婚してからは浮気ゼロですよ」


 患者は心底驚いたという表情をしながらオレを詰問きつもんする。


「じゃあ、結婚する前はどうなんですか!」

「うーん、結婚する前に何があってもそれを浮気とは呼ばないと思いますけど」


 我ながら上手い言い訳だ。

 別にこの患者をやり込めようとか、説教しようとかいう気は毛頭ない。


「いや、私も男ですから右京さんと通じるものはありますよ。ですから決して非難することはありません」

「だから、何もないんですって!」

「なるほど」

「信じてくださいよ、お願いします」

「ちゃんと信じていますから。それにしても早く行かないと泌尿器科の受付が終わってしまいますよ」


 そう言うと、患者はあわてて診察室から出て行った。


 それにしてもオレが信じようがどうしようがあまり大勢たいぜいに影響ないと思うけど。

 この人、そんなにムキにならなくてもいいんじゃないかな。


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