第554話 才能を授かった男

 オレが自分の人生で出会った本当の天才の話をしたいと思う。


 弟が家庭教師として新しく教える事になった男の子。

 ピンチヒッターとしてオレが代わりに行くことになった。

 大怪我をした弟がしばらく入院していたからだ。

 オレが医学部の学生をしていたときのこと。


 その子は豪邸に住んでいた。

 お祖父さんが高名な日本画家だそうだ。


 自分の描いた絵をオレに見せてくれた。

 童話からインスピレーションを得たのだろう。

 真ん中に躍動する龍の絵があり、その周囲に物語が書いてあった。


「これ、売れるんじゃないか?」


 衝撃的だった。


 まだ小学校2年生にして、十分に商品として通用しそうな絵を描いていたのだ。


 誰かに描けと言われたわけではない。

 たまたま耳にした話が抑えがたい衝動となったのだろう。


 天賦てんぷの才とはこういう時に使う言葉なのだと思った。



 で、家庭教師を頼まれたオレは算数や国語を教えることになった。


 この子が大学に入るための受験勉強をする姿は想像できない。

 だからなるべく楽しい勉強を工夫した。


 たとえば算数だ。


「ここに7枚のカードがある」


 オレはカードに数字を書いて目の前に並べた。


「1, 2, 4, 8, 16, 32, 64だ、わかるかな?」

「うん!」

「この中から何枚かとって足し算をして先生の言う数字を作ってくれ」

「いいよ」


 最初は小さめの数字の方がいいだろう。


「7を作れるかな?」

「えーっと、1たす2たす4かな」

「正解」

「やったーっ!」


 少しずつ難しくしていく。


「次は13だ」

「1と……4と8」

「当ったりー!」


 2ケタのどんな数字でも、この7枚のカードの足し算で作ることができる。


 このゲームに子供は夢中になった。


「次はね、先生に数字を出してくれるかな? どんな難しい数でもいいから」

「じゃあ……77」


 おっ、いきなりハードルを上げて来たな。


「64と8と4と1かな」

「ホントだ」


 1つずつ足して答えを確認した彼は目を丸くして驚いていた。


 退屈な計算問題でも、こういった遊びの要素を取り入れると子供は夢中になる。

 だから教えているオレの方も達成感のようなものがあった。



 驚いたのは次の授業に行った時だ。


 門の横で待ち構えていた彼は新しいカードを手に持っていた。

 しっかりした紙の裏表に精緻せいちな手描きの装飾のあるものだ。

 男の子が自分で作ったものに違いない。


「この前の続きをやろうよ」


 ゲームはいいから、その美しいカードをオレに譲ってくれないかな。

 思わずそう思ったくらい完成度の高いものだった。


 オレはあれこれと工夫して楽しい授業を心掛けた。

 そのせいか、彼の小学校の成績もどんどん上がる。


 オレも子供も両親も、皆がハッピーだった。



 しかし、そんな日々も永遠には続かない。

 弟の怪我が治ったのだ。

 オレはあくまでもピンチヒッター。

 だから交代することになった。


「ウソだ!」


 オレが別れを告げたとき、男の子は目にいっぱい涙をためて抗議してきた。

 でも、約束は約束だ。

 弟に交代しなくてはならない。


 幸いな事に弟は某国立大学教育学部の学生だった。

 しかも小学校教員養成課程だから、いわば本職ともいえる。

 だから、ちゃんと教えてもらえるんじゃないかな。


 オレはガッカリした表情の御両親にそう説明した。



 あれからウン十年。


「〇〇くん、今はカフェをしているらしいよ」


 親戚の集まりで、ふと弟にそう言われた。


「〇〇くん?」


 オレはすっかり忘れていた。


「ほら、しばらく家庭教師を代わってもらっていた子」

「おおーっ、あの天才少年か!」


 美大の教授でもしているのかと思ったらカフェ経営って……。

 天才の発想ってのは凡人には理解できない。

 それにしてもあれから20年経ったか30年経ったか。


「そんな消息なんかよく知っているなあ。オレなんか名前も忘れていたよ」


 弟は小学校教員にはならず、普通のサラリーマンになっていた。

 でも、高校生のときから丸居くんならぬ「マメイくん」と呼ばれていただけの事はある。

 家庭教師で教えていた子には今でも全員連絡を取り続けているのだとか。


 そんな芸当、オレには不可能だ。


 これもまた天賦てんぷの才なのかもしれない。


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