第547話 洗脳する男 2

 研修医マッチング判定会議というのは、初期研修医として誰を採用するかを判断するものだ。


 概要を述べよう。

 医学部6年生の夏休みにマッチング試験というのがある。

 それぞれの医学生は自分が2年間の初期研修をやりたいという病院に応募するわけだ。

 1つでもいいし5つでもいい。


 複数の医学生が複数の病院に応募するので、どうしてもマッチングという制度が必要になる。

 医学生はそれぞれ行きたい病院に順位をつけて医師臨床研修マッチング協議会に提出しなくてはならない。

 一方、各病院も採用したい医学生に順位をつけてリストを作成し、マッチング協議会に出す。


 で、お互いに意中の相手とマッチするというわけだ。


 当然、人気のある研修病院とそうでないところに分かれる。

 ウチは人気があるので10数人の採用を行うが、応募はその4倍ほどだ。


 医学試験、英語試験、面接試験の合計点で採用・不採用を決めているが、これが簡単ではない。


 せっかくマッチしていながら卒業試験や国家試験に落ちてしまう学生がいる。

 そうなると、次の年は医学試験の比率を高くする。


 また研修医の不祥事が続くと面接試験の比重が高くなる。


 特に外科部長が重視しているのが、志望科だ。

 外科志望と書いた学生には何とかゲタをかせようとする。

 今回のマッチング判定会議では20位以内に外科志望は殆どいなかった。


 そんなわけでマッチング判定会議は1人でも外科医を増やしたい外科部長と、それ以外の人たちの攻防になった。


「彼は見学にも来ていたんですが、ものすごく熱心で性格も素直だったんですよ」


 外科部長は外科志望者をなんとか上位に押し込もうとする。


「でも医学試験の結果が良くないですね。ちゃんと国家試験に受かってくれるんですか?」


 他の診療科から横槍が入る。


「これから、これから頑張ってくれるはずですよ」


 外科部長は防戦に必死だ。


 気持ちはわかるが、どんな試験でも公正であるべきだろう。

 情実じょうじつが入るようではいけない。


「申込書に志望科を書く欄があってですね」


 オレの声に皆が一斉に手元の資料をのぞき込む。


「そこに『採用には一切影響しません』とうたっているので、志望科を考慮するのはマズイんじゃないでしょうか」


 オレがそう言うと熱弁をふるっていた外科部長が固まってしまった。

 ちょっと気の毒な気がする。


「外科に行きたいと言いながら入ってきて途中で宗旨替しゅうしがえをする研修医もいることですし……」


 初志貫徹する方がむしろ少ない。


「先生もウチに来た研修医を洗脳する方が手っ取り早いんじゃないですか」


 そう外科部長に言うと、あちこちの出席者から失笑が漏れる。

 結局、点数順に機械的に順位をつけてリストが作成されることになった。


 会議終了後、麻酔科部長がオレの肩を叩いて「先生、うまいこと言うなあ。見直したよ」とオレにささやきかけた。

 オレとて、外科の足を引っ張るつもりは全くない。


 やはり試験ってのは公正であるべきじゃないかと思っているだけだ。


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