第544話 手応えのあった男

総合診療科そうしんというのは、分かったようで分からない存在だ。


総合内科の劣化れっかコピーという意見もある。

年を取って一線から離れた救急医がやるというイメージもなくはない。


オレがやっている総合診療は隙間産業すきまさんぎょうだと思う。

誰も興味をもてない症例を引き受けている。

そのせいか、脳外科に対するほどのエネルギーを注ぐことができていないのが現実だ。


が、そんな中でも興味を持てる部分もある。


たとえば、色々な医療機関で診断のついていない症状だ。

そんな症例に「バシッ」と診断をつけた、と感じた時。

つい自分で自分をめてしまう。


先日の症例は足が浮腫むくむという訴えだった。

アラフィフの女性だ。


1年半ほど前から左足が浮腫み、やがて両足とも浮腫むようになった。

で、診察室で実際に足をた。


「うーん、下腿かたい足背そくはい浮腫むくんでいるとは言い難いですね」

「そうなのよ。指で押してもへこまないんだけど、足が浮くというか腫れるというか、そんな感じなの」


指で押しても圧痕あっこんができない。


「お友達に『静脈瘤かもしれない』と言われたんで血管外科センターというところにいったんだけど」

「私の診たところ静脈瘤もないように思いますけど」

「同じ事を言われたわ」

「『静脈瘤ではないけどコレコレです』という診断はされませんでしたか?」

「そんなの、何もなかったわ」


専門とする疾患だけでなく、なる疾患も診断してもらえないだろうか。

たぶん専門外の人間の戯言たわごとなんだろう。


「何か日常生活で差支さしつかえはありますか?」


オレは尋ねた。


「膝から下がね、かゆいというか」

「痒い?」

「痒いのを通り越してピリピリと痛いのよ」


痒いとか痛いとかいう訴えはあまり聞いたことがない。


「それと、朝のうちはまだいいんだけど夕方とか夜になると足がだるくてね」

「今はまだ午前中だから足が浮腫んでいないんですかね」


一般的に浮腫みというのは朝が軽く、夕方に目立つようになる。

これは病気のない人でも同じだ。

立って生活していると体内の水分が足の方に下がってくるからだろう。


「職場であちこち歩いていたら少し楽なんだけど」

「えっ。歩くと楽になるんですか?」

「夜になったら足の置き場が無くてね。もう切り落としたいくらい」


どこかで聞いたことのある話だ。


「ひょっとすると、夜に眠れないから外に出て散歩したいとか?」

「そう思う事もあるわ。実際にはしないけど」


ますます聞いた事のある話になってきた。


「眠れないって言ったら睡眠薬をくれたの、前のクリニックの先生は」

「ありそうな処方ですね」

「別の病院では『運動不足だ』って」


うーん、そっちの方向にはずすかね。


「私の考えを言っていいですか?」

「ぜひお願いするわ」

「これ、むずむず脚症候群あししょうこうぐんってやつだと思いますよ」

「何、その変な名前? それに別にむずむずしていないけど」

「英語では restless leg syndromeレストレス・レッグ・シンドローム というのですけど、日本語ではむずむずあしですね」


彼女はスマホを取り出して調べ始めた。


「僕はしばらくカルテを書いていますから、ネットで調べておいてくれますか?」


そう言いながら、オレは病歴を電子カルテに打ち込み始めた。


「驚いた、まさに私の事だわ!」


スマホから目を上げた彼女は驚愕の表情を浮かべていた。


「これ治るの?」

「治りますよ。ビ・シフロールという薬で」

「本当に治ったら……」

「生まれ変わりますか?」

「うん、生まれ変わる!」


仕留しとめたぜ! 正体不明の訴えを……」という確かな手応てごたえを感じた。

この瞬間のために総合診療そうしんをやっているのかもしれないな、オレは。


「じゃあ処方しておきますから2週間後にまた来てください。薬の効果を確認しましょう」

「1週間後じゃ駄目?」

「いいですけど、まだ効果が出ていないかもしれませんよ」

「効果が出ているかもしれないでしょ?」


それにしても血管外科センターだったかな。

むずむず脚症候群の患者がかなりまぎんでいると思うんだけど。

そのくらい診断してくれないだろうか。


いや、余計な事は言うまい。




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