第539話 精米する女

 その患者は中年女性、160センチ位かな。

 でも体重が96キロあった。


 見た目はそんなに太ってはいない。

 でも数字が現実を物語っている。


「先生、何だってこんなに太ってしまうのかな」

「麻痺のせいかもしれませんね」


 脳梗塞で片麻痺へんまひがあると、どうしても運動不足で消費カロリーが減ってしまう。

 だから、同じように食べていても太りやすいのは確かだ。


「体重をもう少し減らしたら歩くのも楽になると思うんですけど」

「そうよね」

「5キロの米袋を左右に2つずつぶら下げているみたいなもんですからね」


 せめて76キロになったら少しは動きやすくなるはず。


「米が美味しくて、つい食べ過ぎてしまうの」

「ええっ? 炭水化物は甘いものより危険ですよ」

「実家が米農家こめのうかだから、どうしても米を食べてしまうのよね」


 驚いた。

 米農家って本当に存在するんだ。


「ブランドまいじゃないんだけど」

「それは凄い。実は妻が米にうるさくてですね。ふるさと納税で北海道の『ななつぼし』とか買っていたんですけど、その後は『つや姫』。それは山形だったかな。最近は近所の野菜直販所の無名の米を買っていますよ。その場で精米してくれるやつ」


 名前は忘れたが、最近はもっぱら無名の米だ。


「先生、米ってのは精米したてが1番美味しいのよ」

「そうなんですか!」

「普通の家庭には精米機って置いてないと思うんだけど、ウチにはあってね」

「へええ、知りませんでした」

「米を3ごうこうと思ったら、直前に3ごうだけ精米するの」

「そこまでするんですか。恐れ入りました」


 そりゃあ太るはずだ。

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