第537話 【改稿】あの頃アホだった男 3

 本稿は既出きしゅつの「第276話 あの頃アホだった男 3」の書き直しになる。


 というのも、ある女性作家から

「女性読者は、複雑な気分になるのではないでしょうか」

「ブスな子を揶揄やゆするのではなく、別の方法で、中学生のアホぶりを書いてほしいです」

 という講評をもらってしまったからだ。


 彼女には「遠慮なく添削して下さい」という事を依頼していたので、こういった盲点を突かれるような意見は勉強になる。

 確かに昭和の頃ならともかく、令和の今では非難の嵐にさらされそうな話だ。


 とはいえ書き直しというのも抵抗があるので、部分的に書き足した。


 以下、前半部分は第276話とほぼ同じなので、読み飛ばしてもらって構わない。



「【改稿】あの頃アホだった男 3」


 中学校2年生だったか3年生だったか。

 深夜のラジオ放送で有名になった話がある。

 なんとオレの住んでいる町の大仏像が夜になったら笑うのだとか。


 この話は「笑う大仏像」として一気に有名になった。


 当然の事ながら「見に行ってみようぜ」という話になる。

 で、クラスメート6人で夜に大仏像を見に行くことになった。


 オレたちが大仏像の前まで歩いたのは、ときおり風の吹く秋の夜。

 周囲に誰もいない中、向かいの広場に陣取じんどって6人で見張る。

 ライトアップされた大仏様はいつ笑うともなく、地平の彼方を見つめていた。



 男子6人が1時間もしゃべっていたら話題は1つしかない。


「おい、クラスの中で誰が1番可愛いと思う」

「やっぱり美月みつきさんかな」

「へえーっ、俺は愛葉あいばさんだな、やっぱり」

「おいおい、愛葉あいばさんは俺に気があんだよ」


 そんな話がオレの所に飛び火した。


「お前はどうなんだ?」


 実際のところ、オレにとってクラスの中にピンと来る女の子はいなかった。

 だから、逆の話題で盛り上げてやろうとした。

 これが悲劇を生むことになる。


「オレさあ、『こういう女は勘弁』ってのが、毒島ぶすじまだな」

「おおーっ、毒島ぶすじまかよ、ありゃダメだ!」

「『生まれて、すみません』ってのは毒島ぶすじまのためのセリフだろ」


 こういう形で盛り上がるはずだった。

 もちろん頭の中で考えていただけで実際に声に出して言ったわけではない。

 アホ中学生にもそのくらいの分別はある。

 しかし、人をざまに言うものではない。

 語順を間違えてしまったオレにバチが当たることになった。


「お前も自分の好みを告白してみろよ」


 そううながされたオレは言った。


毒島ぶすじまはダメだ」


 そう言うつもりだったのに。

 誰も最後まで聞いてくれなかった。


「ぶすじま」と言った段階で皆の大爆笑を誘ってしまったのだ。


「ブワッハッハッハ! よりにもよって毒島ぶすじまって」

「ゴキブリホイホイかよ、お前は」

「運命の男がここに居たぞ、毒島ぶすじまあ!」


 オレは一生懸命弁解した。


 誤解だ、毒島ぶすじまはダメだって言いたかったんだよ。

 常識で考えても分かるだろ。

 信じてくれよ、このオレを。


 しかし、涙を流しながらヒイヒイ笑っている連中には通用しない。


「いまさら訂正はきかんぞ!」

「お前はどこまでも笑わしてくれる奴だなあ」


 もう言われ放題だ。



 ところが、それまで黙っていた頑部がんべが割って入ってきた。


毒島ぶすじまって、そんなに不細工ぶさいくかな?」


 一同、呆気あっけにとられる。


「おいおい、何を言い出すんだ」

「不細工そのものじゃねえか」


 皆の目が頑部がんべに注がれる。


「あいつは結構、俺のタイプなんだけどな」


 普段は寡黙な頑部がんべの言葉だ。

 妙な説得力がある。


「頑部、気は確かか?」


 そう言いつつ、他の連中の表情もシリアスになってくる。

 頑部にもう1人の助っ人が現れた。


 一乗寺いちじょうじだ。


「そもそも毒島ぶすじまって、名前で損しているよな。言うほど不細工じゃないって、俺も思うけどな」


 さらに一乗寺いちじょうじは続ける。


「それに毒島ぶすじまは卑屈な所が全く無いだろ」


 徐々に頑部や一乗寺に賛同者が増えてくる。


「そういや、あいつは謎の自信に満ちているしな」

「確かに美月みつきさんや愛葉あいばさんに対しても位負くらいまけしていないよな」


 なるほど。

「『卑屈さがブスをつくり、自信が美人をつくる』って名言になるぞ、これは」と1人でうなずいていたオレに突然、話が振られた。


「おい、丸居まるい。お前はどうなんだ、言い出しっぺとして」


 ここは挽回ばんかいするチャンスだ。


 そう思うと同時にいささか邪悪な考えが頭に浮かんできた。

 さっきの仕返しをしてやれ。

 ちょっとこいつらをからかってやるか。


「実はオレ……毒島ぶすじまさんに告白しようと思うんだ」


 地面に目を落としながら、そうつぶやいた。


「ええーっ!!」


 皆が一斉に驚愕きょうがくの表情になる。


 期待以上の効果だ。

 もうね、ウケさえすれば何でもいいよ、オレは!

 こうなったらヤケクソだ。


毒島ぶすじまって名前で損しているんだから、丸居まるいって苗字になるってのも悪くないんじゃないかな。そう彼女に提案してみようと思っているんだ」


 できるだけ平静な口調で語った。


「おま……それって」


 全員の目が真ん丸になった。

 中には口をパクパクさせて言葉を失っている奴もいる。


 やった!

 まさか、ここまで皆に衝撃を与えるとは思わなかったぜ。



 その時、一陣の風が吹いた。

 振り返ったオレ達の前で大仏様がニヤリと笑う。


「笑った!」


 全員が同時に叫んだ。



 後日、ラジオの深夜放送で大仏像が再び話題にのぼった。

 なんでも、ライトアップしている照明の固定がゆるんでいたのだそうだ。

 それで風が吹くたびに影が動いて笑ったように見えたのだとか。


「なーんだ、そんなことだったんですね。ガッカリしました」


 有名な男性タレントはそう言ってこの話題をめくくった。



 いやいや、オレは賛成しない。


 きっと大仏様もアホ中学生どもにあきれて笑ったんだと思う。

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