第533話 勝手に感動する男

 YouTube を見ていると、何の脈絡もなく現れる動画がある。

 先日、出て来たのは女子駅伝のショート動画。


 走者の顔がアップでうつる。

 彼女はゴーグルをつけてタスキを待つ。

 前走者は脚を怪我していたのか、走ることはできない。

 左手に持ったタスキを渡そうと四つん這いでやってくる。

 そして、ついにタスキが渡された。

 タスキを受け取った次走者は脇目も振らずに走り出した。


 わずか15秒かそこらの動画。

 でも、オレは感動した、不覚にも泣いてしまった。


 コメント欄にも感動や涙があふれている。


「感動する! 泣ける!」

「これヤバイ。何回見ても涙が出てくる」

「心をつなぐ、感動のシーンですね」


 やはり多くの人が感動していたのか!


「何か声をかけたりするんじゃなく、タスキを貰ってすぐに走り出すのが良いな」

「ほんとは抱きしめてあげたいくらいなのに、走らなければ彼女の努力が無駄になるってわかってるから……」

「次走者も駆け寄りたかっただろうし、声を掛けたかっただろう」


 コメント欄というのは、オレが漠然ばくぜんと感じていた事をうまく言葉にしてくれている。



が、1つだけ引っ掛かるコメントがあった。


「次走者の方が後日インタビュー受けていたが『頑張って練習してきたのに、もう試合が終わってしまった』と悲しくて涙が止まらなかったそうです」


 えっ、そういうこと?


 確かに次走者は涙をきながらゴーグルをかけていた。

 でも、よく見ると前走者がってくる間もしきりに左手の時計を見ている。

 走り始めてからも腕時計を気にしていた。


 もしかして、あれか?


「何をころんだり骨を折ったりしているのよ。アンタのせいでビリになったじゃない。早くタスキを渡しなさい!」


 そう思っていたのだろうか。

 時計を何度も見ているところや、振り向きもせず走り出したところなんか、そう考えた方が自然に思えてくる。


 ここはひとつ、妻に客観的な意見をもらおう。

 で、無理に感動の動画を見せる。


 チラッと動画を見た妻は即座に言った。


「何で感動なんかするわけ。顔も怒ってるし、走り方も怒っているじゃない」


 へっ?

 そうなんですか。


 オレもコメント欄の人達も、頭の中で勝手に物語を作って泣いていたのか!


 一旦そう思ったら、あとは何度見ても感動できない。

 めるとはこのことかも。



 いやいや、感動は感動だ。

 落ち着いて、人を泣かせる要素を抽出してみよう。


 一体、この短い動画のどこが新鮮な感動を生み出したのか?

  次走者の視点での映像だった。

  声をかけずに次走者がすぐに走り出した。

  BGMがぴったりだった。


 編集のうまさにコロッとやられてしまったのだろうな。

 せめて、オレの今後の創作活動に生かそう。


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