第532話 屁理屈を考える男

 久しぶりに外来通院にやってきたミュージシャンの男性。

 この人はアーティストのためか、いつも明るい。


「先生、障害者手帳の申請にいってきたんだけど、難しいみたいなのよ」

「えっ? 体幹障害で出したやつでしょ。5級は固いと思いますけど」

「いやいや、5級だと補助金が出ないのよね。せめて3級でないと検討対象にならない、と言われて」



 うーん、困ったなあ。

 この人、自宅の和式トイレを様式にするために役所から補助金をもらおうと算段さんだんしている。(第369話「役所に行く女 2」)


 前回は、あれこれ頭をひねって5級と書いたのに。

 3級をくれって、それハードル高すぎませんか?


 とはいえ、こっちも努力しているフリをしなくてはならない。

 で、外来においてある「診断書作成のしおり」をひっくり返した。

 これ、発行は平成3年だから、もう30年以上も使われている。

 間違って捨てられそうなくらいボロボロだ。


 体幹障害のところを何度も読み返してみると……


 ありましたよ。

「100メートル以上連続して歩けない」という項目が。


「どうでしょうかね。100メートル連続して歩けますかね?」


 このミュージシャン、障害者歴が長いせいか、カンがいい。


「俺、歩けるのは73メートルまでだね」


 何ですか、その73メートルという妙に細かい数字は。

 それに前回は、「休み休みで300メートル」って言ってたじゃん。

 でも、連続して73メートルまでっていうんなら矛盾はないか。

 これで3級をとれそうだ。


 念のため、片足立ちもやってみよう。


「右足だけで立てますかね?」


 両足立ちから左足をあげると倒れそうになり、頭にかぶっていたテンガロンハットが飛んで行く。

 床に落ちた帽子を拾って、頭にのせてあげた。


「今度は左足だけではどうでしょうか?」


 再び倒れそうになり、テンガロンハットが飛んで行った。


「こりゃあ、片足立ちは無理みたいですね。じゃあ3級でも行けそうだ」

「俺、その帽子がなかったら力が出ないからさ」


 この奇抜きばつな帽子がこの人のエネルギー源になっているみたいだ。


「じゃあ5級を3級に書き直しておきますんで、診断書用紙を文書受付に出しておいてください」

「分かった。1階の受付ね」


「良かった~♪」と変な節で歌いながらミュージシャンは診察室を出ていった。


 それにしても毎回毎回、屁理屈へりくつを考えるオレの大変さを理解してもらえているのだろうか?


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