第529話 公務員になった男

 先日、海綿状血管腫かいめんじょうけっかんしゅの経過観察のために脳外科外来にやってきた青年。

 地方公務員になって3年目か4年目だそうだ。


 現在は共済組合の担当をしている。


「僕が担当している地域は事故が多いんですよ」


 英語では rough areaラフ・エリア と呼ぶタイプの治安の悪い場所だ。

 昔、オレが勤務していた救命センターもこの辺りにあった。


 他の場所にある救命センターに比べると自殺が格段に多い。

 もちろん喧嘩による外傷も多かった。


 1番呆れたのは目の前にあるファミレスの駐車場で起こったトラブルだ。

 エスカレートした挙句、一方が他方を車でねてしまった。

 当然、撥ねられた方は救命センターに担ぎ込まれたし、撥ねた方は警察に持って行かれた。

 こういうのは交通事故というより車を凶器にした傷害事件だ。

 もし銃を持っていたら確実に相手を撃っていただろう。

 すぐにカッとなる人間の多さには驚くばかりだ。


 くだんの青年が続ける。


「よそだったら月に1件くらいですけど、僕の所は週に3~4件の事故があるんですよ」


 保険関係の用語になるのか、支払い事案のことを「事故」と呼ぶらしい。


「それに大きい声を出す人も多くてですね」

「よ~く分かるよ、それ。医療機関でも一緒だから」

「耳元で大きな声を出されたら入力も間違っちゃうし」

「そうそう、ちゃんと仕事させてくれって言いたくなるよね」


 オレなんか診察室で大きな声を出されて、待合まちあいスペースにいた別の患者が心配して受付に言いに来たこともあるくらいだ。

 その時は受付のクラークが「あの人はあんなもんです。警察に通報するほどでもないので御安心ください」と言ったらしい。

 待合スペースにまで聞こえたくらいだから、どんな大きな声だったのかと思う。


 もっともオレも最近は耳が遠くなってきたので、自分の方も知らない間に大きな声になっていたりする。


 ネットなどを見ると公務員に対する怨嗟えんさの声が少なくない。

  定時に帰れる楽な仕事だ。

  親方日の丸で安定している。

  ちゃんとボーナスも出るし昇給もある。


 実際にはそんな優雅なはずがない。

 社会を構成するあらゆる人々を相手にするのがどれだけ大変か。


 元暴力団構成員だった患者から聞いた話。


「先生、役所の担当者にかましを入れて生活保護をもぎとってくるのがヤクザ修行の第1歩なんですわ」


 確かにヤクザってのは全員が生活保護を受けている。


 役所の人も大変だと思う。

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